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東大生から始まる小さな試みについて

日本の生活

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 金沢の友人O君が東京にやってきたので、久しぶりにみんなで集まって飲もうという話になった。「みんな」と言うのはO君父が市から使用許可を得ている白山麓の山小屋に(スキー場の営業停止と共に使い手がいなくなったレストハウス跡を遊び場として有効利用している)、毎年四季折々の自然を楽しもうと遊びに行っていた東大生面子のことである。僕達は休みが訪れるとO君・O君父やその友人達の案内の下、周辺の山々で春は山菜、夏はイワナ釣り、秋はきのこ採りを楽しみ、冬はエアボードやかんじきハイクをしたりして楽しい時間を過ごした。

f:id:toyojapan1:20160816100329j:plain 長靴を履いてブナ林に囲まれた渓流に入り、イワナを釣って刺身に捌き、舞茸を採って天婦羅にし、わさび菜を刻んでお浸しにし、かんじきを履いて雪に埋もれる山の中に動物の足跡を探し、所謂「登山」ではない「山の生活」に触れるきっかけを作ってくれたのが彼らだった

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舞茸発見現場

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これからイワナを捌くところ

 O君は今年3月に大学卒業後、院に進学もせず所謂就職もせず、高校生や大学生を対象に自然体験活動を主催したり講演活動をしたり、「自然の家」の臨時講師をしたり、狩猟免許を取ったりと破天荒な生き方をしている。

 そして彼がそれらを通して実現させたいのは、自然教育を通じて社会を変えることである。つまり、将来の日本を担う学生達に受験勉強に代表されるような与えられた価値観を受け入れるのではなく「ちゃんと考える人」になってもらいたい、というのである。自然の力を借りることで学生達は自分たちが生きている学校内部の世界や価値観が如何に限られたものであるかということに気づくことができ、その外の世界の広さを知る事ができる。そしてその結果自分の将来に対してより能動的な選択をすることができるようになる、というのが彼の思想だと僕は理解している。

理念|自生塾

 僕自身は「日本の将来のために」というような志向は年を追うごとにどんどん減っていっていて、どちらかというと如何にして自分が1億2700万人いる日本人社会の中で埋もれずに生きていき(即ち、収入や地位によって規定される階層システムの価値観から脱却し)、そして他の人と生き方をずらしながら「自分だけの人生」を構築できるのかということに関心が向いている。ただ、彼は(多分)自分でオリジナルな人生を実践しようとすると同時に、他人にも人生に多様な可能性が存在することを啓発しようとしているのだと思う。

 結局近況報告くらいしかできなかったけれど、頑張っているようで何よりだった。僕は卒業論文の「忙しさ」にかまけて何もできていない1年だったなぁと思うと後ろめたさを感じる。それはそうとして、O君が石川から持ってきてくれた海の幸で乾杯をするのはとても幸せだった。

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コウバコガニズワイガニの雌のことを石川や富山一帯ではこのように呼ぶらしい。すし酢:醤油=2:1で食べるのが一番美味しいという友人の勧めに沿って食べる。海ぶどうのような外子(左手前)と濃厚な味の内子(上写真の甲羅の中のもの)が非常においしい。

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個人的には、ほたるいかは沖漬よりも素干しがすきである。ほたるいかを石川で「いしる」と呼ばれる魚醤に漬けてから干したものであるが、非常に酒に合う。

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絶品のほたるいかスモーク。素干しは素干しで大好きだけれど、わたの感触が残っているこちらも美味しい。

来年もまた石川に行けると良いなぁ。

  • おまけ

f:id:toyojapan1:20160816100310j:plainアサギマダラ。渡りを行う綺麗な蝶である。O君父は、石川の山中でマーキングしたものを喜界島で捕獲したことがあるという。アサギマダラは台湾北部の陽明山国立公園でも沢山見かけたので、もし同様にして日本から台湾まで渡りを行う個体を自分で発見できたら面白いなぁと思う。

f:id:toyojapan1:20160816100357j:plain自分達で釣ったイワナを塩焼きにする。遠火でじっくりじっくり焼くのは非常に長い時間を要する。ビールを飲みながら気長に待つ。