台湾の春節の過ごし方

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日本のお正月がそうであるように中華圏の春節は家族親族にとってとても大切な祝祭日である。台湾人の彼女と付き合うようになってから、僕は年末年始を日本で過ごし、約1ヶ月後にまた旧正月を台湾で過ごし・・・というように二度の新年をお祝いすることになった。日本のお正月とは一味も二味も違った「春節」の習俗を一つ一つを記録に収めたのが今回の記事になる。1年前を思い出しつつ、また2018年の今年も台湾で春節を過ごせることを期待しつつ。

去年一月底,我到臺灣跟女朋友與她家人一起過年。不管是滿桌的豐盛年夜飯、媽媽教我的蘿蔔糕做法、永遠跟不上大家速度的麻將、還是在廟裏迎接新年的熱鬧人潮,都令我印象非常深刻。但有時候如果不趕快寫個記錄,再難忘的體驗,隨著時間流逝,也會逐漸地從心裏消失。我抽空寫部落格正是因爲不想要忘記曾經美好的時光。只要不嫌麻煩寫出來,透過那時候自己寫的文章,幾年後,甚至幾十年後我還會想起很多的故事,可以跟親朋好友一起回味,也可以跟身邊的人分享。因此我曾經寫過的每一篇文章,不管別人喜不喜歡、懂不懂,可以説是我人生中最大的財產。雖然晚了一年,很開心終於能夠將去年過年的記憶也列入其内。

有時候讓我煩惱的是,如果想要寫個完整的記錄,拘泥每一篇文章的品質,因爲這樣很費力又花時間,常常會以忙碌為藉口拖下去,結果過了一陣子會發現有些事情已經不記得了。我遇到過很多次這種本末倒置的情況。然而,很快地隨便寫一寫文章也當然不能滿足自己的需求,所以一定要找到一個平衡點,而這是目前讓我最爲難的事情。

雖然我今年春節還不確定能不能夠在臺灣度過,但希望新的一年大家平安幸福。

  • 年貨大街

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「年貨」とは年越し用品のことであり、年の瀬になると台湾各地に市が立つ。これを「年貨大街」という。一般的にはナッツ類やドライフルーツ、はたまたカラスミや腸詰や干肉(臘肉)など、新年に縁起が良いとされ、更に日持ちのするものが所狭しと並んでいる。

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台湾各地に「年貨大街」は立つのだが、その中でも台北迪化街のものは規模が大きくて有名である。アメ横のようなダミ声のおっさんではなくて、学生バイトのような人たちが店頭に立っていることも多く、フレッシュな活気があって賑わっている。

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 招財進寶が張られたみかん。こちらは普通の市場にあったものだが、とてもかわいい。年貨大街に限らず、街は一気に新年ムードに彩られる。

  • 新年の廟参拝(初詣)

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日本でいうところの「初詣」は松山慈祐宮という廟まで参拝にいった。

松山慈祐宮は「松山媽祖廟」とも呼ばれる。すなわち航海の安全を司る女神である媽祖の廟のはずなのだが、廟の中には安産を司る「註生娘娘」や、幸福をもたらすとされる「道姥元君」など大小様々な神様がいらっしゃり、それぞれについて台湾人である彼女もうまく説明できない様子であった。全てに対してお参りした方がよいのか、自分の意中の神様のみ狙いを定めてお参りした方がよいのか悩ましい。

日本の神社は本殿までの動線が非常にはっきりしているのだが、台湾の廟に来ると一体どこからどう回れば良いのか当惑することが多い。今回訪れた廟に至っては非常に巨大で、1階から6階まであってそれを順番に回っていくのだという。

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それにしても天井の彫刻の精緻さは圧巻である。

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また、内部の装飾はとても神秘的で、昔の台湾映画や中国映画のカットを彷彿とさせる。

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廟内は人、人、人の波である。お祈りをささげる人たちが手に持つ線香の煙が充満し、そして人々の願いを乗せた赤い蝋燭の一つ一つに小さな火が灯っていて綺麗だった。

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廟の前は多くの人でごった返しているが、その中で特に目立つのが宝くじを売る人たち。

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そしてパパパパパパという音がしたと思うと案の定爆竹である。その横を何事もなかったかのように車が通りすぎていく。

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こちらは入り口にある、お金を模した「紙銭」。これを燃やせば天国にいる祖先はお金に困らないというような考え方があるが、そうすると親の生前に自分は親不孝であったとかいう自覚がある人ほどその罪悪感から解き放たれるために大量に紙銭を燃やすことになり、それがさらなる環境汚染につながるという皮肉な結果を生むことにもなる。僕としては祖先がいる天国は金銭などという世俗的なものから解き放たれた純潔な場所であってほしいのだけれど。

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台湾の家に行くと祭壇が設けられてあることが多い。

「日本は神仏混合だけれど、台湾では道仏混合なんだ。つまり、祭壇に設けられた「神主牌」が祖先の霊の拠り所として拝まれると共に、観音などの「神明」が一緒に祀られてることが多いんだ」というようなことを友人は言っていた。一口に「混合」と言っても日本においては先祖を祀る仏壇と土地や自然界の神様を祀る神棚が一緒に並べられることはないし、その点では違いがあると言えるだろうか。

祭壇の前に供えられているのは鳥、豚、魚でありこれは「三牲」と呼ばれる典型的なお供え物の組み合わせである。

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左側には「忍」の字、右側には「孝」の字が大きく貼られている。台湾社会は特に年長者に対して非常に敬意をはらう社会である。

さて、一通りお供えとお祈りが終わるとみんなでご飯を食べる。

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新年の一日目(初一)は彼女の家、二日目(初二)はおばさんの家、また三日目(初三)はおじさんの家に親戚一同が集合する形で新年を祝った。簡単に言うと毎日料理を準備するのはとても大変だからそれぞれが分担するということなのではないかと思う。昼夜の分を一気に作って、収納するのは大変なので大体みんなが食べ終わると机の上に置いたままでラップをかけておく。それで小腹が空いたらつまみ食いしたりして良いのである。それにしても腕を振るって作られた料理の品々は壮観の一言。

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台湾の代表的な小吃である大根餅(蘿蔔糕)も家で作った。大根を細かく刻み、在来米粉と合わせて作る。台湾における在来米とはすなわちインディカ米のことである。台湾土着のお米はもともとインディカ米だが、日本統治時代に品種改良によって「蓬莱米」という品種が導入され、以後ジャポニカ米の生産が主流である。

  • 台湾の麻雀

昼食や夕食を食べ終わると、誰から言い出すともなく麻將がはじまる。

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日本の麻雀もやったことがないのに台湾の麻將をどうやってやるのかという感じだったが、良い機会だからと手取り足取り教えてもらって何とか基本的なルールと流れはわかるようになった。とは言え、幼少時から(!)打ち慣れている彼/彼女らの熟練度とスピードは並大抵のものではなく、それに何とかついて行こうと必死になるとついつい肩に力が入り、周りから「あんたちょっと緊張しすぎやで」という突っ込みが入る。

なお、一番快感なのは碰(ポン) 吃(チー) 自摸(ツモ)などを本場の発音で口に出すことだったりする。中華式の発音で麻將をすることで一気に気分が高揚してくるから面白い。

ちなみにこれは余談であるが、日本では「麻雀」と表記するが中華圏では「麻將」である。彼女の母親は数十年前に初めて日本を訪れた時、街の中にたくさんある雀荘の「麻雀」の字を見て雀を食べる店なのかと思ったらしい。

  • 新春を彩る花々

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日本のお正月は年賀状に「迎春」と書くものの、その時期はまだ本格的な冬がこれから始まろうという時期であり年末寒波で降雪を見ることも多い。ところが台湾の新年はちょうど春の花が景色を彩り始める時期にあたる。野外に出ると、まさに「立春」「春節」を象徴するような春の景色を楽しむことができる。

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新竹県尖石郷の先住民部落で一泊した。急峻な山肌に点在する先住民部落と段々畑が美しい。

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北部縦貫公路の風景。

  •  最後に

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初めて体験する春節は何もかもが新鮮だった。春節を一通り台湾で過ごすと、現地の社会により一層深く入り込むことができたような気がして何だか嬉しかった。

僕は日本でも、幼少時から大晦日は杵と臼で餅つきをし、年越しそばを食べ、そして正月には初詣と宮島弥山登山、といったようにとても楽しく思い出深い時を過ごしてきた。

そんな日本の新年の習俗を、今度は是非彼女をはじめとする台湾の人たちに紹介してみたいなぁと思っている。