現代台湾人の歴史観と、「日本史」に感じる違和感について

「台湾において新しい歴史教育要綱が制定される」という中央社の報道を見たので、所感を備忘録として残しておくことにする。

以前、台湾の歴史に関する解説書を読んだことがある。そのなかでとても面白いと思ったのは、巻頭に「「台湾の歴史」とは一体「誰の歴史」なのか?」という問いかけがあったことだった。極めて単純に考えると「台湾の歴史」とは台湾における台湾人の歴史なのだが、その「台湾人」「台湾」が指し示す内実が非常に複雑なのだ。

増補版 図説 台湾の歴史

増補版 図説 台湾の歴史

 

現代の「台湾人」  について

現在の台湾には、人口の大多数を占める漢民族のほかに、山岳地域に多く分布する先住民や、「新住民」と呼ばれる東南アジア系住民(多くが台湾に嫁いできた女性)が居住している。更に言うと、漢民族の中でも独自の習慣や言語を持っている客家や、国共内戦後に大陸から台湾にやってきたいわゆる外省人など多くの細かい集団に分けることができる。また「先住民」の内実も多様で、現時点で北から南まで16の民族が認定されている。漢民族がやってくる前に台湾に住んでいたということで「先住民」と一括りにされるだけで、もともとは言語も習慣も異にする人たちの集合だ。

このように台湾の人口構成は複雑なので同じ出来事を述べる際、一つの視点のみから叙述することには危険が伴う。極端な例として、鄭成功漢民族にとってはオランダを台湾から追い払った英雄であるが、先住民から見るとただの侵略者の一人でしかないかもしれない。また、第二次大戦の終結を「抗日戦争における勝利」として迎えた人もいれば、日本国民として教育を受けた台湾人のなかには「大東亜戦争における敗戦」として迎えた人もいるだろう。台湾人の共通の物語としての台湾史を構築することはこのように難しく、緻密な仕事が要求される。

歴史上の「台湾人」について

歴史を更に遡ると、話はまた一段とややこしくなる。400年前、現在人口の大多数を占める漢民族は台湾にまだほとんど居住しておらず、オランダ人や先住民が居住するのみだった。つまりこの時期の「台湾人」は現代の「台湾人」とは大きく異なっていた。また70年前の日本統治時代、台湾には日本人が約50万人生活していた。日本統治期初期に本土から移住した人達はともかく、台湾生まれ台湾育ちの2代目・3代目の人達は、ある意味では「台湾人」の一員でもあった。戦後、彼らは既に自分達とは縁もゆかりもなくなっていた日本本土へ「引き揚げ」ることになったが、その代わりに今度は大陸から配送した国民党の人々が台湾にざっと200万人ほど流れこみ「台湾人」の構成はまた大きく変わった。

このように台湾の人口構成は時代と共に大変動を遂げており、その歴史は、背景を異にする多様な人たちが作り上げる複雑なパッチワークのようなものとも言える。

「台湾」の空間範囲について 

台湾の歴史を考察するにあたって、「台湾人」について見ていくだけでも結構ややこしいのだが、「台湾」の指し示す空間範囲についてもまた決して単純ではない。

よく台湾の歴史を把握する際に、オランダ統治時代、清朝時代、日本統治時代、国民党統治時代・・・という時代分類がなされる。しかしこの分類は間違いではないにしろ、誤解を与えかねない。なぜならオランダ、清朝、日本、国民党の統治範囲が全く異なるからである。オランダ人が統治を行ったのは台南など台湾島の南部を中心とした限られた地域だった。また、後に清朝が「台湾」を統治下においた際も、その統治範囲は西部平原地帯にすぎず、中央山脈以東に及ぶことはなかった。当時中央山脈以東で生活を営む先住民族の多くは清朝によって「生蕃」と呼ばれ、彼らが居住する山岳地帯は清朝によって「化外の地」とされていた。

全島が単一の政府によって掌握されるようになるのは日本統治時代になってからで、それも下関条約が締結されてから20年、30年を経てようやく途切れなく統治ネットワークが張り巡らされるようになった。また、これで終わりではなく、戦後「台湾」の指し示す範囲は、中華民国による実効支配が及ぶ範囲という意味では金門島南沙諸島なども含むようになっている。つまり、台湾の歴史を単純に時代のみで分類すると抜けが生じてくるのであり、台湾の歴史を把握する際には、時間軸だけではなく空間軸も入れて議論する必要があるのだ。

「一国史」を構成することの困難と、日本人による「日本史」の特殊性

現代国民国家が最も重要視する仕事の一つは、国の歴史を体系だったものとして整備し、国民の共通の記憶としてそれを教育することである。その際、現在の統治範囲を前提としてそこから遡るようにして一国史を作りあげていく手法が採られる。台湾においても「本土意識」「台湾人意識」の高まりから、従来の中国史を中心とした歴史教育ではなく、現在の台湾という地理的単位を基礎にして「台湾史」を学ぶべきだという意見が社会の主流になりつつある。しかし、先ほど述べたように、「台湾」「台湾人」の指し示す範囲が歴史的に大変動を遂げているなか、その歴史を漏れなく記載することに相当な困難が伴ってくる。現代の台湾人はそのような仕事に誠実に取り組んでいる。

良く考えてみると、「一国史」を構成することの難しさは台湾のみの問題ではなく、世界の多くの国が直面している問題である。不思議なことに、日本人が「日本史」を学ぶ時、正しいかどうかは別にしてそれは日本人による日本の歴史であるという暗黙の前提によって授業は進められる。突き詰めていくと、「日本人」「日本」が指し示す範囲は時代によって大きく異なるはずなのだが、あまりそこには注目されない。しかしそのような歴史教育は、世界を見渡すと決してスタンダードではないことも認識しておいた方が良いだろう。