関釜フェリーで行く釜山街歩き食べ歩きの旅

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韓国にはなぜかこれまであまり足が向かなかった。韓国ドラマもK-POPも特別好きなわけではないし、世界遺産のお寺や古墳も日本にあるものと比べて特段目を見張るものを感じなかった。山も日本と比べて高い山があるわけでもないし、植物相も日本と比べて多様性に欠く気がしていた。食は確かにとても魅力的なのだが、ハングルは読めないし何だか敷居が高かった。

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3年半前、北京から帰国時にトランジットで寄ったソウルにて。

けれども、北京に留学していた時にたくさん韓国人の友達ができたこともあって、メディアで何だかんだ言われようと隣国なのだから、現在の等身大の韓国を知ってみたいという気持ちはいつも持っていた。

そんな時、偶然アマゾンプライムビデオで目にした「未生」という韓国の総合商社マンの会社員生活を扱ったドラマを見てから妙に韓国に親しみが沸き、同時期に関釜フェリー青春18きっぷ所持者向けの半額キャンペーンで2等船室片道4500円を打ち出していたのでこれを機会と背中を押されて韓国へ渡航することに決めた。

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山陽路を普通列車でひた走り下関へと向かう。西日本ののどかで優しい風景が、どこか自分を安心させてくれる。

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夕方に下関に着き、下関港出発前に対岸の門司港を観光した。戦前は外地と日本を結ぶ国際航路が数多く存在したが、その多くは大阪港・神戸港を出発して門司港に寄港してから関門海峡を抜けた。門司港には当時の代表的な海運会社であった大阪商船の建物が残る。当時1階は乗船客の待合室となっており、大連や基隆など、中国大陸・台湾に出発する乗客達で賑わったという。関釜フェリーも当時は1日に2回運航しており、釜山港に着いてから奉天行などの急行列車と連絡していたというが、朝鮮半島満州を自由に行き来ができた当時の空気を感じてみたかったなぁと思う。

さて、門司港から下関に戻って乗船手続きは出港の1時間前から。出発時の荷物検査はなく、出国手続きを経てそのまま乗船できる。船旅はこうした手軽さがとても嬉しい。隣の部屋の乗客には何と高校生が2人もいて、関釜フェリーで釜山を日帰り観光するらしい。青春18きっぷを使うスタイルで各地を旅行し、既に47都道府県を制覇したが、47都道府県目は実は最近修学旅行で沖縄に行った時に達成したんだというようなことを嬉しそうに語り合っている声が聞こえてくる。

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これまでは乗船すると甲板に出て外の景色をずっと眺めていたものだが、今回は寒いし時間も夜だしということでそのまま船内にとどまった。船の食堂でチヂミをあてにマッコリを飲んで、少し本を読んでから大浴場で風呂を浴び、筋トレとストレッチをしてから寝た。

翌日朝6時に起きると、意外にも船は既に釜山港に着岸しており、上陸を待つのみとなっていた。恐らく港がまだ開いていないからだと思われるが、2時間ほど待って8時過ぎに下船が開始された。港に着く過程を楽しむ間もなく船旅が終わってしまったのは少し拍子抜けだったが、寝ている間に着くという意味では最大限の時間の有効活用であるし、大浴場で朝風呂にも入れるのでフレッシュな気分で旅を始めることができた。そして着いた場所は釜山駅を目の前にした市の中心部であり、すぐに旅を始められるという点も、飛行機とは違って非常にありがたいのだ。

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釜山の街に上陸し、朝食をとることにする。釜山で食い倒れの旅をするために、わざと前日の夜はお腹を空かせた状態で入国していた。まず向かったのは釜山名物のテジクッパ店。開店前から行列ができている。

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メニューは主にテジクッパ(돼지국밥)、スンデクッパ(순대국밥)、ネジャンクッパ(네쟌쿳빠)の3つ。僕はネジャンクッパを注文し、嫁はテジクッパを注文した。ネジャンは内臓の意味で、テジクッパは通常の豚肉が入る。なお、残る1つのスンデは豚の腸にもち米や豚の血が詰められたものである。台湾の豬血糕がどうしても好きになれない自分としては恐らく好みではないことからパスした。

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スープの味はとても薄いので、チョッカル(젓갈=朝鮮半島の塩辛。主に小エビなどを発酵させて作る)や味付けされたニラを好きなだけ入れて食べる。

写真右側のオイコチュ(오이고추=きゅうり唐辛子。辛くない唐辛子とされているが、10本に1本くらい超激辛のものがあるというので注意。)や玉ねぎ、にんにくは唐辛子味噌につけて生のままパリポリ齧った。キムチはやはり本場のものはおいしくてご飯が進む。体も温まり、良い朝食になった。

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宿に荷物を置き、次に向かったのは冷麺屋。冷麺には水冷麺(물밀면)とビビン冷麺(비빔밀면)があるという。水冷麺は北朝鮮平壌を発祥とし、ビビン冷麺は同じく北朝鮮で東海*1に面する港町の咸興を発祥とするそうだ。店員さんが冷麺と一緒にはさみを持ってきたのでキョトンとしていると、まずは卓上にある酢とマスタードを冷麺に投入した後、左手右手に1本ずつ箸を持ちながら巧妙に冷麺を混ぜ、最後にはさみで食べやすい大きさに切ってくれた。

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やかんに入って出てくるのはお茶かと思ったらコンソメスープのような味のスープで、少し不思議な感じだったが、確かに温かいものも少しあった方がほっとできる。

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昼食後海雲台ビーチを散策したが、正直この一帯は思ったより何もなくて少し時間を持て余したのでガイドブックに載っているおしゃれな喫茶店を目指すことにした。

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海雲台のビル群を眺めながら川沿いの道を歩いて喫茶店に向かった。河沿いは自転車乗りが多い。釜山からソウルまで主に河岸をつなぐ形でサイクリングロードが整備されており、釜山地下鉄は輪行せずに自転車をそのまま載せることができるのだとか。

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着いたのは手作りスイーツやハンドドリップ珈琲がおいしいお店。川を挟んで海雲台のビル群を望む窓外の景色が素晴らしく、ソファもとても快適。何より店内は広く開放感がある。

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メニューが全部ハングルで、店員さんも英語を話せなかったので注文に苦労したが、店員さんに発音してもらうとメニューには「エチオピア」「コスタリカ」「ケニア」など産地名が書いてあることがわかり、無事注文を済ませることができた。

韓国語では珈琲はコピ(커피)と言う。「未生」のドラマの中で珈琲を入れるシーンが良く出てきたのでそれは知っていたのだが、その程度の知識では太刀打ちできなかった。

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夜は嫁のオーストラリア留学時代の友人が釜山にいるということで集合し、広安里で韓国風焼肉。焼肉はわさび醤油を含めいろんな調味料で食べるのだが、個人的に一番のお気に入りはごま油と塩を混ぜたようなものだった。この日はその後バーに行ってクラフトビールを楽しみ、宿に戻って心地よく眠りについた。

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日が明けて早速1日の活動を開始する。この日の朝食は雲丹入りわかめスープとあわび入りお粥。朝から贅沢なものである。この頃になると日本語の「すみません」=저기요(チョギヨ)をマスターした。とはいえいざ注文となると指差しにならざるを得ないのだが。

食べてばかりでは体に悪いので市内を散策。釜山は本当に坂と階段の街であり、少し上がると非常に見晴らしが良い。どの家も屋上の空間が有効活用されており、朝の時間帯は服を干している人の姿がたくさん見られる。

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そして屋上の活用といえば、釜山特有の景観として屋上駐車場がある。釜山の中心市街地の背後の山は非常に急峻であり、斜面に沿って建てられた家々の間を縫って階段と細い路地が入り組む複雑な構造を呈している。しかしそんな斜面にもバスも通れる2車線道路が1本通っている。この道路面と、斜面下に建てられた建物の屋上が同じ高さになっており、屋上の広いスペースは多くが駐車場として使われているのだ。韓国に多い煉瓦作りの建物と相まって自分にとってはすごく面白い景色だった。

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釜山は階段と路地、そして赤茶色の煉瓦やタイル張りの建物が多い印象だ。結局釜山駅から168階段を経由して急斜面を上がり、民主公園を歩いてから再び港の方向に下りてきたのでかなりの運動になった。

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下りてきた場所は宝水洞(보수동)の古本屋街だった。狭い路地の両側に古本屋数十軒が軒を並べ、その中にブックカフェが点在している。宝水洞は民主公園から急傾斜地を下りた場所にある。この民主公園がある山が「宝水山」という名前であるから、宝水洞は宝水山の麓の町といった意味になるだろうか。韓国の地名には南浦洞、明洞、など「洞」という字が良く出てくるが、これは概ね日本語でいう「町」に相当するようだ。

山や植物の本も色々見つかって手に取って見てみると面白い。ゆっくり探してみるときっと掘り出し物の山岳ガイドブックが見つかるはずだ。

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例えば上写真の鳥観図イラスト調のルート図が掲載された本など、ついつい手元に購入したくなる本があったが、ハングルが読めるようになってからでないと宝の持ち腐れになるので自重しておいた。

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国際市場を通りかかると、昼食時でちょうどチヂミやトッポギ、おでんなどを提供する屋台には人だかりができていた。釜山では港町で練り物にも事欠かないのでおでんがとても定着していて、いたるところでおでんを食べることができる。今回はおでんはスープだけいただき、食べるのはやはりチヂミとトッポギにした。

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そして南浦洞の参鶏湯を食べるとついにお腹がいっぱいになった。

昼食後に向かったのは登山書籍や地図書籍が充実しているという文友堂書店。たくさんの登山関連本や歴史など人文科学の本、地図関連の本が見つかった。

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登山関連の本としては、地図などの情報が充実していてわかりやすそうだったので、結局一番右の本を購入した。

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なお、文友堂書店では1/50000の地形図も1/25000の地形図も置いている。韓国は日本や台湾と違ってオンラインでの地形図閲覧サービスが無いので不便だが、地形図はちゃんと作成されている上に更新年度も非常に新しい。そこで雪岳山、智異山、漢拏山をはじめ、韓国の名山の名前を言って地形図のストックが無いかどうか確認してもらったのが、どうも文友堂書店ではこれらの山の地図はストックされていないようだった。残念だが記念だと思い釜山の地形図を購入してお土産にした。

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店主さんは非常に良い人で、僕が熱心に色んな地図のことを尋ねたからか、去り際に韓国全土の一枚地図をプレゼントしてくれた。とても嬉しくなって、興奮してお礼を言い、記念に写真を撮った。

さて、旅の最後はロッテマート光復店で買い物だ。

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韓国焼酎といえばチャミスル(참이슬)が有名だが、チャミスルはソウルを中心に多く飲まれているもので、釜山に来るとデソン(대선)のシェアが大きく、一帯の7割ほどのシェアを占めているという。海の波をイメージしたようなラベルのカラーリングとデザインが爽やかな印象。釜山に来ればこの焼酎一択だ。

本当はこの柄が入ったショットグラスが欲しかったのだがどこにも見つけることができなかったのが残念。訪れる国々で酒器(主に小型のグラス)を買うのが僕の小さな趣味なのだけれど、、今回は諦めるしかなかった。

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ロッテマートは釜山だと西門にもあるが、光復店の良いところは屋上の広大な展望スペースて、市内の風景を360度パノラマで見ることができる。

まず目に入ったのは1934年に開通した影島大橋。架橋当時は「釜山大橋」と呼ばれ、船舶の交通を妨げないように跳開橋として開閉を行う機能を持たせたとても珍しい橋であった。橋の上には釜山市電も開通し、市民にとってもランドマーク的な橋として親しまれてきたという。やがて老朽化などの理由で開閉も行われなくなり、その後2000年代には橋の撤去計画も持ち上がったが住民の反対により保存が決定されたのだとか。補修を経て2013年より新しい姿になった現在は、毎日午後2時に約15分ほど跳開が行われる。

あたりには見物客の波ができ、みんなその珍しさにくぎ付けになって写真を撮っているが、一方で橋を通行しようと思っていたのに運悪く跳開の時間に遭遇してしまった人達にとっては迷惑な話で、後ろには歩行者や自動車が列をなして跳開が終了するのを待っているのが見て取れる。

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こちらは龍頭山公園。丘の上に釜山タワーが聳えており、釜山のスカイラインに変化を与えている。この場所には江戸時代から日本統治時代にかけて龍頭山神社という神社が設けられていたそうだが、韓国独立後に破壊されその面影を現在探すことはできない。

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やがて夕陽が沈み、街の明かりが灯った。南浦洞の繁華街の白色系の明かりと、急傾斜に沿って建てられた家々が放つ暖色系の明かりが釜山の夜景を彩っている。

 

夜景をしっかりと目に収めてから、空港へ移動して帰国するフライトに乗った。

...今回の釜山旅行はとても楽しかった。釜山に行くためにyoutubeでハングルの基本を勉強して、これまでたんなる記号だったハングルが少しは読めるようになった。街を歩いていると新しい世界がまた一つ開けたような充実感があった。

心残りとしては雪岳山、智異山、漢拏山をはじめ、韓国の名山の地形図を手に入れることができなかったこと。これは次回韓国の地図博物館にでも行って手に入れようと考えている。

もう一つの心残りは、ホルモン焼きや「チュクミ(쭈쿠미)」と呼ばれる小ぶりのイイダコを食べられなかったことだろうか。練炭で焼いてコチュジャン和えしたチュクミを焼酎でグッと流しこむのを楽しみにしていたのだが、それは次の機会にしたい。

最後に心残りというか今度韓国に行くなら何をしたいかということだが温泉やサウナが非常に充実し、仮眠もできるというチムジルバンに宿泊することかなと思う。

次回は境港~東海の航路で訪韓するのもありかなぁ、、、なんて机上旅行と脳内妄想を膨らませて楽しんでいるところである。

*1:ここで日本海ではなく東海と表記したのは、朝鮮半島の地図を見ながら町の場所を把握するとき、「日本海に面する」と言ってもそれが朝鮮半島東海岸なのか西海岸なのかすぐに連想することができないが、「東海に面する」と表現することでそれが朝鮮半島東海岸の町であることを瞬時に連想できるからである。それだけの話であって特段政治的な意味を持たないことを念のため記しておく。