青春18きっぷ旅~山口線で行く津和野・山口

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関釜フェリーの「青春18きっぷ半額キャンペーン」で韓国に行くことにしたので、ついでに出港地の下関まで寄り道しながら鉄道旅を楽しむことにした。

出発前は、もう自分の心情的に、かつてのようにのんびり旅行をすることはできないんじゃないかと思っていた。同じ鉄道のボックスシートに座っていても、落ち着かずにそわそわしてしまうのではないかと、そんな気すらしていた。でも実際そんな心配は杞憂に終わって少しほっとした。ソウルまでLCCで1万円以内、2時間で飛べるこの時代にあって、わざわざ鉄道とフェリーで韓国に行くことにまだ価値を見出せる自分で良かったと思った。

山陽本線の旅

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時速130km、特急列車並みのスピードを誇る新快速列車は姫路が終点だ。新快速の終点はすなわちJR西日本のいう関西アーバンネットワークの終点である。姫路を過ぎると山陽本線は一気にローカル線色が強まり、国鉄車両がまだまだ現役で走っている。その中で広島都市圏は5年ほど前からようやくRed Wingという新型車両が投入され、近々全車両の更新が完了するようである。しかしそれも岩国までであって、岩国から先はやはり国鉄車両オンリーであり、山口県内はほぼ全ての駅でICOCAも使えないのが現状だ。

だからこそのんびりとした旅も楽しめるし、旅情があって自分は好きだがもう少し何とかならないものなのだろうかと思う。利用者が少ないから投資がされないのか、利便性が向上しないから利用者が増えないのか、鶏・卵の問題だが、地方に行くと都会で当たり前のスタンダードが通用しない。

山口線

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新山口から山口線に入る。岩徳線山口線でよく見られるのが、写真のたらこ色の気動車だ(たらこはもう少しピンクっぽいという人もいるかもしれない。その場合はカラスミ色でも何でも良いが、何故か魚卵を連想してしまう)。絶妙なカラーリングで、綺麗だとは思わないが個人的に何となく気に入っている。

単線のローカル線の旅が良いのは、車窓の右側も左側も線路に遮られることがないことだ。それに加えて非電化区間の場合、架線もないので沿線の田園風景を広く目に収めることができる。

また、単線のローカル線を旅する時に地味に好きな時間があって、それは列車のすれ違いで数分間停車する時に、散歩がてらプラットホームに出ることだ。不必要に長いプラットホームを歩きながら、対向列車が来るまでの間写真撮影を楽しむ。そして出発前に乗り遅れないように少し急ぎ気味に車内に戻るあの感覚、と言ってわかってくれる人はいるのだろうか。。車内に戻る時、ドアが押しボタン式だったり手動で開けるものだったりするのもまた良いのだ。。

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さて、山口線の列車は大きく蛇行する線路に沿って津和野盆地に入った。光沢のある石州瓦の赤屋根で統一された美しい町並みの向こうに、太鼓谷稲荷神社の社殿まで続く鳥居のトンネルが良く見える。

津和野の町歩き 

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津和野駅に着き、腹ごしらえにうどんを食べてから散歩を開始した。まずは津和野の重伝建地区の目抜き通りである「殿町通り」に沿って太鼓谷稲成神社へ向かう。 なまこ壁の漆喰壁の向こうに破風を拵えた重厚な建物が並ぶ。道の両脇の堀割には透明な水が引き込まれており、中には巨大な鯉が悠々と泳いでいる。

そんな町並みの中でひときわ印象的なのは「津和野カトリック教会」である。中に入ると畳敷きで、畳の上にステンドグラスを通してカラフルな光が投影されていて不思議な感覚を覚える。キリスト教は現地化するのがとても上手で、これまで台湾の山岳地帯や、インド東北部のチェラプンジや、雲南省の大理などで現地化したキリスト教会を見てきたが、いずれもとても印象的なものだった。いつか天草の教会群も巡ってみたい。

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雲南省・大理の教会。町並みと一体化したデザインになっている。

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そして津和野の町でもう一つ印象的なのは大正中期築の役場が現役の町庁舎として使われていることだ。町庁舎のあたりがちょうど殿町通りの終わりで、そこから稲成神社の参道へと入っていく。

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冬の稲成神社の参拝客に欠かせないのが源氏巻である。その場で焼いて切り分けられる源氏巻は、小豆の素朴な甘さと焼きたての温かい生地の組み合わせが最高だ。

太鼓谷稲成神社へ~日本の近代化と神社の発展

エネルギーを補給してから、壮観な千本鳥居をくぐって本殿へと向かう。鳥居には奉納者の名前が記されており、広島、山口にとどまらず四国・九州からも広く参拝者を集めていることが見て取れる。太鼓谷稲成神社は、伏見稲荷大社等と並んで「日本五大稲荷」に数えられるほどの大きな神社なのだ。

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境内を埋め尽くす参拝者の列

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神木の松の枝ぶりは見事だ。

さて、話ががらりと変わるが、江戸の終わり頃に津和野の町の風景や四季の行事を描いた「津和野百景図」と呼ばれる絵がある。その中で面白いのは、当時の絵の中で太鼓谷稲成神社はとても素朴で小さなものに過ぎなかったということである。当時稲成神社は歴代藩主の祈願所であり、一般庶民は入ることができなかった。

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「津和野百景」に描かれた太鼓谷稲荷社

 明治に入って廃藩後には庶民が参拝できるようになったが、神社が今の規模まで拡大した大きな原因の一つは大正期の鉄道の開通だろう。

1922年には山口線が津和野まで開通し、山陽方面から参拝客を運ぶことが可能になっている。神社のウェブサイトには元宮(旧社殿)が大正12(1923)年に建立されたという記載があるが、その時期が鉄道開通の時期と重なっているのは偶然ではないように思われる。

そして昭和30年代になると参拝客が激増し、1960年代には境内西の山を切り開いて現在の新社殿が建立されたという。高度経済成長期に商売繁盛を祈る稲荷神社のご利益を求めて参拝客が集まり、その需要に応じて神社が更なる発展を遂げたことが想像される。

つまり、太鼓谷稲成神社は明治以降の日本の近代化、経済成長と共に発展してきた神社なのだろう。昇旗台にはためく日の丸の旗と、SLに乗ってやってきた参拝客の列を眺めながらなかなか感慨深いものがあった。 

鉄道が変えた社寺参詣―初詣は鉄道とともに生まれ育った (交通新聞社新書)

鉄道が変えた社寺参詣―初詣は鉄道とともに生まれ育った (交通新聞社新書)

 

現在見られる「伝統的な日本」は普段 traditional の一言で片づけられるが、一体それが「いつに」起源を発する「伝統」なのかということを考え始めるだけでまた理解が一段と深まるような気がする。

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眼下には青野山に抱かれた津和野の町が一望できる。山間の盆地に石州瓦の町並みが広がり、その中間に清流・津和野川が流れている。そして鳥取・米子と新山口を結ぶ特急列車「スーパーおき」がジオラマのようにその間を駆け抜けていった。

SL太鼓谷稲成号

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正月の時期、山口線には初詣参拝客に向けてSL津和野稲成号が運行される。

せっかくなのでSLに乗って帰ろうかなぁと思ったが、やっぱりSLは乗るより見る方が楽しいような気がして、結局1本後の普通列車で帰ることにした。そしてせっかくなので津和野川の鉄橋で写真を撮った。

津和野駅を出発したSLは汽笛をブォオオと鳴り響かせ、シュッシュッシュッと音を立てながら、そして黒い煙をモクモクと吐き出しながら鉄橋を走っていった。実際に走行しているSLの姿を見るのは初めてだったので、その迫力と格好良さに圧倒された。

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なお、参考だが、煙をもくもくと吐き出すSLっぽいSLを撮るなら、列車が減速する時ではなく加速するときに撮るのが良い。例えば上の写真は津和野駅に入線する直前のSLを撮影したものだが、減速するところでは石炭を燃やす必要はないので煙がなく、今一つ迫力がない。

逆に津和野駅を出発する時はこれからまさに加速して馬力を必要としている時なので、迫力あるSLの姿を見ることができる。

また、こちらも参考だが、SLに乗るなら行き(新山口→津和野)よりも帰り(津和野→新山口)のチケットの方が断然取りやすいそうなので、乗ってみたい人は参考にしてほしい。

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SLが去った後の鉄橋は写真撮影や見物に来ていた人々の賑やかさがはけ、SLが吐き出した煙が霧のように川の上に立ち込めていた。神社の参拝客の波も一段落し、だんだんと静けさが戻ってくる。夕方の空気感とも相まって祭りの後のような風情があってなかなか良かった。

この日は結局17時台の列車で湯田温泉まで行って、居酒屋で飲んで安宿に泊まって寝た。

山口の町歩き

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翌日はバスに乗って瑠璃光寺まで。五重の塔はどこかお寺の門をくぐってしばらく行ったところにあるのかと思っていたら、公園の中に突如出現したのでびっくりした。檜皮葺の五重塔興福寺のものとはまた雰囲気を異にしている。

瑠璃光寺から一の坂川に沿って山口の町を散策した。山口の町は落ち着いているし文化的な香りがあって気持ちが良かった。中心市街地の商店街も賑わいを見せていた。

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昼ごはんは山口名物のバリそばを食べた。皿うどんと何が違うのだろうと思っていたが、皿うどんよりスープがサラサラしており、酢の味が効いていておいしい。そして(大)を頼むとこれでもかというくらいに直径の大きなお皿に盛りつけられて出てくる。

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山口からはまた長い鉄道旅である。下関までゆっくりと電車は走る。そして下関で少し時間を持て余したので、対岸の門司港を観光し、今回の鉄道旅は終わった。

これからも時にはこうして鉄道旅行を楽しむ余裕を持ちたい。青春18きっぷというように、心はいつでも18のままで。