休学中の記録

2020台湾総統選挙の選挙集会に参加してきたので双方の主張・戦略をまとめてみた(国民党編)

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今年は年明け1月4日から1週間台湾に滞在した。私たち夫婦はいつもは春節の時期に台湾に滞在している。しかし今回は4年に1度の台湾総統選挙の投票のために妻がどうしてもこの時期に帰国すると言うので、1月の訪台になった。

台湾の選挙文化は独特である。特に選挙集会は音楽ライブあり、グッズ販売あり、夜市の屋台もあり、まるでお祭りのように熱狂に包まれるのが特徴的だ。

今回は野次馬根性で台湾の民進党・国民党の選挙集会に両方参加したほか、国民党寄り/民進党寄り問わず複数の媒体の関連報道から情報をウォッチした。以下に双方の主張や実際に集会に参加してみた感想を紹介しようと思う。まずは国民党だ。

国民党の主張

私は選挙の2日前の1月9日、総統府前の凱達格蘭大道で開かれた韓国瑜の選挙集会の一部に参加した。国民党の集会は、国旗色(青天白日旗)の赤と青に身を包んだ人たちが集結しており、まるでワールドカップパブリックビューイングのような高揚感に包まれていた。以下にその主張を紹介しよう。

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1)台湾の国際的孤立の批判:開放vs鎖国、繁栄vs衰退、平和vs戦争

「対岸中国との良好な関係を築き、経済的繁栄と平和を手にしよう。」というのが国民党の主張だ。

蔡英文が2016年に総統に就任してからこれまで、7ヶ国が台湾と断交をしている。また、台湾はWHO(世界保健機関)をはじめとする国際機関の総会にも参加することができていない。WHOに関しては2009年から2016年まではオブザーバーとしての傍聴参加ができていたので、事実上民進党政権になって以来締め出された格好だ。

中国との関係は冷え込みが続いており、例えば大陸からの観光客の数は最も多かった2015年と比較すると2018年は6割ほどまで落ち込んでいる。また、民進党政権はASEAN諸国、南アジア、オセアニアの国々との経済関係を強化する「新南向政策」を実施してきたが、国民党はこれに対して「大規模な予算が投入されている一方で全く成果が得られていない」と批判してきた。

選挙集会では二項対立で有権者に呼びかけが行われていた。

鎖国、衰退、戦争を望むのであれば蔡英文に投票すれば良い。」

「開放、繁栄、平和を望むのなら、投票するのは韓國瑜だ。」*1

2)「重北軽南」の批判:台北だけでなく南部(そして東部・離島)均衡ある発展を

韓国瑜は選挙戦上、一貫して「重北軽南」、即ち北部重視、南部軽視に対して批判をしてきた。台湾南部は伝統的に民進党の基盤である。特に雲林、嘉儀、台南、屏東などは立法委員選挙で民進党の議員を多く輩出してきた。こうした地方の有権者に対し、韓国瑜は「これまで30年間民進党を支持してきたにも関わらず、それに対して民進党は南部のために何もしてこなかった」と批判する。

「台湾南部には現代的な国際空港がまだ無い。通すと言っていた地下鉄もまだ開通していない。韓国瑜が総統になれば台湾南部の経済建設に全力を尽くす。」

韓国瑜は高雄市長としての自身の立場をバックに民進党の基盤である南部票の掘り起こしに努めていた印象だ。

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3)蔡英文政府は独裁的だ:「新たな戒厳時代」だ

韓国瑜の主張するところによると、民進党は「網軍」と呼ばれるインターネット部隊を秘密裏に大規模動員し、韓国瑜は「草包(能無し)」であるというネガティブキャンペーンを行ってきた。これに対し、韓国瑜は選挙活動の中で「蔡英文は陸海空軍の三軍に加え、網軍も含めた四軍の総司令官だ」と皮肉ってきた。

ネット世論の形成に力を注ぐ一方で蔡英文政権は、総統をはじめとする政府高官の汚職などを監視する特偵組(日本でいう特捜部にあたる)を廃止。また、2019年末に成立された「反浸透法」については、外国勢力の介入防止を口実に、自身に都合の悪い言論は抹殺していると国民党側は捉えていた。そしてこうした動きに対して、「新たな戒厳時代」の始まりであるとして蔡英文民進党を批判してきた。

4)「反蔡英文」の団結:庶民もエリートも。

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韓国瑜は「台灣安全 人民有錢(台湾を安全に 人々をお金持ちに)」をスローガンとして、いわゆる「庶民」に寄り添う主張をしてきた。親しみやすいキャラクターもあり、支持者からは「庶民総統」と呼ばれ、特に零細な自営業者など生活の改善を実感できない人たちを中心に熱狂的な支持を集めてきたと言われている。「韓粉*2」と呼ばれる熱狂的な支持者たちは選挙集会のたびに会場を埋め尽くし、それが韓国瑜の勢いになってきた。

しかし一方で「知識藍*3」「経済藍」と呼ばれるような、知識人や産業界のいわゆるエリート層の中で伝統的に国民党を支持してきたクラスタの支持が得られていないと見られてきた。

選挙集会の中では、政治番組の司会者としても有名な趙少康が演説をしていた。「自身は知識藍でもあり経済藍でもある」と言いつつ、その上でそんな自分も韓国瑜を支持しているのだから、反蔡英文票を韓国瑜に結束させよう、という呼びかけが行われていた。

5)「棄宋保韓」:票の選択と集中

今回の選挙は民進党蔡英文、国民党の韓国瑜、親民党の宋楚瑜の3氏で争われていた。いわゆる国民党・民進党の二大政党ではない「第三局」の宋楚瑜は2000年から毎回総統選挙に立候補し続けているが(2004年は副総統候補として出馬)、その得票率は毎回大きく変動してきた。韓国瑜の選挙集会では、投票先を決めきれない人や宋楚瑜への投票を検討している人に対し、「反蔡英文票の韓国瑜への結集」が呼びかけられていた。

宋楚瑜に一票を投じるのは、蔡英文に一票投じるのと同じだ。最後の一日、票は集中させないといけない。投票先をまだ決めきれていないという人も、もし蔡英文の政治に不満なら、韓国瑜に一票を投じよう!」

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上図は、筆者が宋楚瑜の選挙本部を通りかかった時に撮影したものだが、この図を見ると2012年と比べた時に、2016年選挙の投票率の低さや宋楚瑜の得票の多さが際立つ。前回2016年の選挙の際、国民党支持者の中には「積極的に支持できる候補がいないから」ということで投票に行かなかった人も多いと言われている。また「国民党候補者の朱立倫は支持できないが、民進党は嫌いだから第三局・親民党の宋楚瑜に投票しよう」と考えた人たちも多かったとも聞く。潜在的な国民党支持層の無投票や宋楚瑜への鞍替え投票は、2016年選挙での国民党の歴史的大敗につながった一要素とも考えられていた。

このため「棄宋保韓」、即ち宋楚瑜は諦め、韓国瑜に票を集中させることは選挙戦略上重要であった。

最後に 

選挙の前日1月10日、私は高雄で行われていた選挙集会の様子を「中天電視」(中国寄りとされるメディア)で視聴した。集会では最後にサプライズとして娘の韓冰が登場した。韓冰は集まった支持者に対して1年間にわたる支援に感謝を述べ、そのあと父親の韓国瑜に向かって「(これまでの選挙戦は)とても大変だったと思うけど、お父さんを信じているよ。中華民国の未来、そして若者の未来はお父さんにかかっているよ!」と感動的なメッセージを投げかけた。

韓冰が登場するのは4:19:30からだ。「ネガティブキャンペーンに負けず選挙戦を戦いぬいた父親を労う娘、それに対して涙を浮かべる父」という画面は、演出ではあるにせよ美しいものだった。

私自身も前日の凱達格蘭大道での韓国瑜の選挙集会の熱気を体感しており、また中天電視を見ていると全台湾が韓国瑜旋風に揺れているような感覚を持った。

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私の周りには民進党支持者が多いのだが、話を聞いていると韓国瑜の選挙集会の盛り上がりを見て危機感を持った人は多かったようだ。最近台湾ではしきりに「同温層」という表現が使われる。意見が同じ人が集まり、その中で同和性の高い意見が共有される傾向を指摘する言葉だ。普通に生活を送っていると、自分の所属する「同温層」の人達の意見が全台湾の大勢を占める意見であるかのような錯覚を抱きがちである。

しかし民進党支持者は大勢の群衆が国民党の集会に集まり熱狂する様子を見て、「自分達の同温層の外側には、実は同じような規模で、全く違った意見を持った別の同温層があるのだ」ということを改めて、知識としてではなく視覚的に認識した。

世論調査では蔡英文のリードが伝えられていたが、この時点で確信を持って結果を予測できた人はいなかったのではないかと思う。

 

民進党についても上記記事に記載したので、是非合わせて参照してほしい。 

*1:原文:如果大家不滿意蔡英文的施政,這張票就要投給韓國瑜,大家已經不能再忍受4年,這是一個關鍵的時刻,在關鍵時刻我們要做關鍵的選擇,要選擇戰爭還是和平?繁榮還是蕭條?鎖國還是開放?如果選擇和平、繁榮、開放就投韓國瑜。

*2:韓粉:中国語で「ファン」のことを「粉絲」という。「韓粉」はつまり「韓国瑜ファン」のことだ。

*3:知識藍:「藍=青色」は国民党支持を表す。「知識藍」というのはいわゆる知識人の国民党支持者を指す。なお、民進党支持陣営は「緑」で表される。台湾の選挙は青陣営と緑陣営の戦いだ。