休学中の記録

紅葉最盛期の谷川馬蹄形縦走

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上越国境の山々は、これまで朝日岳巻機山、丹後山~利根川源流の山々、仙ノ倉山方面など数多くの場所を歩いてきた。その中で有名でありながら空白地帯になっていたのが白毛門から谷川岳までの馬蹄形縦走だった。ちょうど紅葉最盛期という情報もあったのでこの機会を逃すわけにはいかないと思い、運動不足の体に鞭を打ってニュージーランド行き以来の友人と1泊2日でのんびり縦走した。

  • 10月15日

「上野発の夜行列車」はいまや死語になりつつある。夜行列車で寝ていれば登山口まで直接たどり着ける時代はいつしか過ぎ去ってしまった。

だから僕達の世代の人間が上越国境の山々へ安く行こうとすると、上野駅から普通列車に乗って高崎駅水上駅で乗り換える必要がある。そして、水上駅から国境のトンネルを越える列車の本数が少ないため、上野駅17時半発というかなり早い時刻のものに乗らなければその日の夜中に辿り着くことができない。17時半に乗れない時は、水上駅着の終電を降りて、そこから湯檜曽川の川音を聞きながら一人ひたすら山の奥へ奥へと歩いた。重い荷物を背負って約2時間。誰もいない夜に無性に聞きたくなる尾崎豊を口ずさみながら。以前はこんな上越線のアプローチが好きだった。

今回はそんなストイックなことはせず、上野駅始発の朝出発である。

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これまで何人の登山者がこの階段を登ったことだろうか@土合駅

土合駅の階段を登り、白毛門に向けてブナ林の急登を登る。疲れるには疲れるけれど、雑談しながら登っているとまぁそこまででもない。

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燧ケ岳~至仏山~上州武尊岳

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朝日岳へ向かって痩せ尾根を行く。

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ナナカマド Sorbus Commixta 七竈

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JPを過ぎると上越国境稜線が遥か先まで見通せる。まずナルミズ沢の源頭からその名の通りの山容の大烏帽子山、山頂に湿原を持つたおやかな檜倉山、端正な尾根を左右に広げる柄沢山を経て百名山巻機山へ続く。そして巻機山で東に方向を変え、利根川源流の三石山、本谷山、丹後山を経て大水上山で越後三山へ北上する尾根を分け、平ヶ岳から尾瀬の方面へと達する。遥かに続く国境稜線と、その向こうに高く聳える越後駒ケ岳、中ノ岳の山容を一望していると、色んな記憶が蘇って何だか懐かしい思いに囚われる。

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チシマザサ Sasa kurilensis 千島笹

上越国境稜線の藪の主体を為す植物である。上信越地方では根曲竹(ネマガリタケ)と呼ぶので僕はその呼称に馴染みがある。基本的に密生した手ごわい藪を形成するため、藪漕ぎの際には苦労させられる。しかし6月頃には筍(照葉樹林帯の真竹や孟宗竹と対比しヒメタケと呼ばれる)を収穫することができ、鯖水煮の缶詰とともに味噌汁にするのが現地では風物詩だという。

僕達がワンゲル部にいる時、チシマザサはただ鬱陶しい植生であるとしか認識していなかった。あの頃はただ藪山に行って、ただ高価な雨具を消耗させてザックをドロドロにして帰ってきていた。そして、普通の登山者では歩けない場所も自分達なら行けるんだという取るに足らないプライドを満足させるだけで終わっていた。山というものを通して人間の暮らしとの関わりを考えたりすることは無かったし、有用な植物が目の前にあっても見向きもしていなかった、というかそもそも気づきもしなかった。もったいないことをしていたと今になって思う。来年こそは友達を誘って、鯖缶を大量に歩荷してネマガリダケパーティーでも開こうか。

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湯檜曽川源流を見下ろしながら清水峠へと向かう。振り返ると夕日に照らされた紅葉は燃えるように鮮やかに色づいている。こんな綺麗な紅葉は久しく見ていなかった。昔、家族で散歩していると母親がよく歌ってくれた童謡の「紅葉」を思い出した。まさにその歌詞にあるような風景だった。

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夕飯は豆乳鍋。油揚げを入れると美味しい。「豆乳鍋に野菜を投入」というしょうもない駄洒落が思い浮かんだけれどバカバカしいので口には出さなかった。自分は米をうまく炊けた試しがないので、友人に炊いてもらう。最高の炊きあがりにテンションがあがる。たくさん食べて満足して、トイレに立とうと外へ出ると満月がとても綺麗だった。

  • 10月16日

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朝、谷川連峰の絶壁が赤く浮かび上がった。山では朝焼けが始まり日の出を迎えてから1時間ほどの時間が一番好きだ。日に照らされる山肌の範囲がゆっくりと広がっていき、淡い斜光線によって山が立体的に浮かび上がる。

その時間帯を過ぎ、日がある程度まで上がってしまうと光線がきつくなりすぎる。何だか気だるくなってしまって歩く気力を失ってしまいがちである。

とはいえ沢登りをするならその逆で、日が渓谷に差し込むのがとても待ち遠しい。そして朝であろうと昼であろうと、とにかく一日中太陽が恋しい。

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手前には茂倉岳から谷川岳の稜線。その背後には国境稜線西部の万太郎山から仙ノ倉山、平標山へと続いているのが見える。

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上越マッターホルン、大源太山。真南側から見るとそうでもないけれど、西側から見ると本当に本家マッターホルンを彷彿とする尖った山容を見せる。

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七ツ小屋山は絶好の展望台になっている。

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僕は穏やかな稜線に広がる湿原や草紅葉を見た時に日本の山の良さを感じる。まだ歩いたことのない北アルプスの岩稜帯も是非機会を見つけて歩きたいけれど、きっとそこに行っても朝日飯豊や八幡平八甲田や上越の山々ほど好きにはなれないだろうなという気がしている。

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Blowing in the wind

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Blowing in the wind 

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歩いてきた稜線とその向こうに巻機山上越の山の良さは、人里がすぐそこにあるにも関わらず静かなことである。巻機山の麓には清水の集落があるし、六日町の盆地も見えている。

ワンゲルにいる時、藪山を歩いていると恐らく一年のうちで自分達以外ほとんど人が踏むことがないであろう山頂を踏むことが多かった。けれども、人がいないといってもそれは大陸的なwildernessとは違っていて、目を転じると「あの山を越えれば六日町の町があるんだな」とか、「あの山の向こうは沼田かなぁ」とかいうことがわかるという点で非常に安心感のある感覚だったのを覚えている。

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谷川岳に着くとロープウェイ利用日帰り登山者で埋め尽くされていた。これまでの静かな山旅とは打ってかわって記念撮影の列、列、列に少しうんざりした。

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帰りは西黒尾根を使って下山した。谷川岳西面の荒々しい岩壁を眺めながら、「いつかこういう場所にお世話になることがあるんだろうか」と思った。時間がたっぷりある学生と違い、社会人になると途端に1泊2日の山行に行くのさえ難しくなってしまうのだろう。そうすると、山に行って短時間で充実感を得ることを求める必要性に駆られるから、必然的に岩登りに目が向かうようになるのかもしれない。

一ノ倉沢へ向かう救助ヘリを眺めながら、「でも俺の人生はそれで良いのだろうか」と思った。

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帰りは沼田で山彦。いつも頼んでいる超肉厚のヒレカツ定食ワンゲル盛り。以前上越尾瀬の山行の帰りは時間があれば必ず上越線を途中下車して寄っていた。僕が山に行く時、下山が近づくと呪文のように「あー、トンカツ食いたい~」と呟き続けるようになったのはきっと、山彦に行くようになってからだと思う。今度行く時は特上を頼んでみよう。

そして最後に温泉に入る。風呂あがりは恒例の牛乳じゃんけん。牛乳じゃんけんというのはじゃんけんで負けた人が全員分の牛乳を奢るというゲームである。今回は見事勝利。さらにお風呂にいたおじさんが「俺達も昔山岳部だったんだよ、是非これからも山続けろよ!」と言って2人に1000円ずつくれた。予想外の展開に何だか嬉しくなって意気揚々と帰途についた。

久しぶりに日本の山の良さを再認識した旅になった。