2017年2月、貴州省に住むトン族の集落を訪れた。釘を一本も使わず木組みだけで作られる木造建築の傑作「鼓楼」を見てみたかったからだ。
トン族居住地域では多くの集落で鼓楼を見ることができるが、せっかく見るのだからやはりできる限り特別なものが見たいと思い、以下2つの条件で訪問集落を絞りこんだ。
1)できるだけ古い文化財級のもの。できれば清代又はそれ以前に歴史を遡るものが良い
2)容易にアクセスできないこと。できれば徒歩でしかアクセスできないようなところが一番望ましい。
そうして探しているうちに「高仟村」というところが候補に上がった。18世紀の清代に建てられた鼓楼がある上、googleの衛星写真を見る限り主要道路からもかなり離れており、狭い徒歩道でしかアクセスできないように見えた。
正直公共交通も全く当てにできないような場所で、訪問できるかどうかは賭けだったのだが、思い切って行ってみることにした。まずは高鉄で従江の町までアクセスし、翌朝ちょうど町の中心部に集まっていた運転手の一人と値段交渉。最寄りの「則里」という集落まで100元ほどで車を手配してもらうことに成功した。
途中まで来てから、結局高仟村までも林道のような車が通れる道がつながっていることが分かったが、せっかくなので周囲の棚田の風景も楽しもうと、手前の「秧里」という集落で車を下ろしてもらってそこからは徒歩で周囲を回った。
そして帰り道、思いがけず闘牛大会に遭遇して、迫力満点の闘牛や郷土料理、伝統楽器の演奏などを楽しむことができた。
高仟村の散策
高仟村の全景。雨の多い貴州にはどこか燻んだ色合いの家々がよく似合う。鼓楼から煙が立ち上る。
集落の端の方には高床式の家畜小屋がある。地階の板で囲まれた空間に豚や牛が飼われ、2階には飼料が貯蔵されている。
全てが木でできているトン族の集落の大敵は火災である。鼓楼の前に配置されている池は消防設備としての役割を果たしているそうだ。
トン族の集落の中心を成すのは鼓楼だ。日本の五重塔と同じように、釘を一本も使わずに木組みだけで作られている。鼓楼の門は閉まっていて、中で集落の老人達が談笑している。中に入るのには少し緊張感がある。
「ギーっ.....」と恐る恐るドアを開ける。内部には火を囲んで四方に長椅子が配置されており、老人達が優雅に煙草をふかしながら談笑している。
上を見ると木組みの巨大さに圧倒させられる。この鼓楼は18世紀の清代に建てられたものだという。
部落の周囲を歩いていると、信仰の場所のような少し異様な雰囲気を感じる場所があった。先が尖った赤い杭がまるで稲荷神社のように立ち並んでいる。
そして中には小人の像があってお供え物が置かれている。これは一体何だったのだろうか...?未だに謎が深い。
闘牛大会の様子
トン族の重要な風俗の一つに闘牛がある。偶然、「近くで闘牛をやる」という話を聞いて、またとない機会なので見学することにした。
闘牛大会の前日、「牛王」が次々と闘牛場に運び込まれる。
それぞれの牛が所属する集落の人達だろうか、鳴り物を打ち鳴らしながら牛を連れて会場をぐるりと回る。今回は46頭が参加するらしい。
この楽器は「芦笙」という竹で作られた管楽器だ。貴州をはじめとするトン族、苗族居住地域で多く用いられる。闘牛会場の周りではこの楽器でテンポの良い演奏が行われ、お祭り気分が盛り上がる。
貴州の名物料理の一つに「牛瘪」がある。牛の肉や内臓を生姜や唐辛子、花椒と一緒に炒めて塩を振りかけ、最後に牛の胃腸の内容物の液体を鍋に注ぎこんでグツグツ煮れば完成。貴重な写真は卒業式の日に失くした携帯電話と共に消失してしまったが、闘牛会場の周りでとても多くの人に食べられていた。
急なことだったので宿も手配できず、翌日の闘牛が開始するまで会場で野宿することにした。しかしこの日の夜は気温が急降下して凍えるような寒さで、一睡もできなかった。山の上はどうも雪が降ったみたいだ。
そして翌朝、いよいよ戦いの火蓋が切って落とされた。2頭の巨大な牛が真っ向から激突する。勝利の栄冠を手にするのはどちらだろうか。
闘牛は決して一方をやっつけるまで闘われるものではなく、勝負が決すると縄が双方の脚に括りつけられ、数人がかりで引き離しにかかる。興奮した牛を止めにかかるのはとても大変だ。会場で大音量で流れている音楽はなぜか「瀬戸の花嫁」の中国語版で、違和感満載ながら何かほっこりした気分になる。音楽に国境はない...なんてね。
周辺の景色
部落を外れてこの地域の様々な場所を見て回る。
道路が開通し交通条件は劇的に改善された。しかしそれでも橋のない道路の対岸の集落は時間が止まったような佇まいで、住民達が道路と家の間を依然船で往復しているところもある。
棚田が描く等高線。冬の景色は少し寂しいが、それでも等高線が描く曲線美は見事なのだ。
棚田は水を張って周囲の景色を映しこむ時期が一番綺麗だが、冬の菜の花もまた綺麗だ。
道を尋ねたトン族のおじさん。色んな大変な時代も生き延びて来たんだろうな。。
トン族は煙草をこよなく愛する。老人達が使っているパイプは一種の芸術品とも言えるものである。
現地のトン族住民はバイクで道路のある地点まで移動し、そこから森林に入って山野草や薪を採集し、また家に戻っていく。どのような植物を利用し、その利用領域は集落民の間でどのように調整されているのだろうか。
...旅の終わりが見えてきた。学生時代も残すことあとわずかだ。次回時間をたっぷり使って旅をすることができるのはいつになるだろうか。ヒッチハイクした車で真っ暗な車窓を眺めながら、感傷に浸った。