2017年、訪日外国人の数は前年比19%増の2869万人を記録した。一時期と比べると伸び率は鈍化しているものの、来年に予定されているラグビーW杯や再来年に予定される東京オリンピックなど上向き材料があり、今後とも堅実な伸びが予想されている。
一方でその恩恵が全国津々浦々に波及しているのかといえば、勢いには大きな地域差がある。そこで今回の記事では観光庁『宿泊旅行統計調査』のデータを利用して、2016年と比較した2017年の各都道府県宿泊者数増減率を地図上に表し、プロモーションの取り組みが好調/不調であった都道府県を可視化し、分析を行った。
増加が顕著であった県
青森県
前年比約69%増を記録したのが青森県である。2017年1月~10月の外国人延べ宿泊者数は宮城県を差し置いて東北トップ。最終的に12月までの数字で僅差で宮城県に1位を譲ったものの、一昔前では考えられなかったような飛躍的な伸びを見せている。
もともと「青森」の名前はりんごの輸出を通じて台湾・香港を中心に中華圏では大きな知名度を持っていた*1
2016年まではそういった知名度もあり訪日リピーターの多い台湾人が突出して多く訪れている印象だったが、2017年になって中国人の間で東北6県滞在者を対象とした数次ビザの発行などもあって注目が高まり、中国人の延べ宿泊者数は2016年の17040人泊から64430人泊と、1年間で4倍近い驚異的な伸びを示した。
もともとの知名度の高さに加え、訪れた人がブログや旅行口コミサイトを通じて春の弘前の桜、夏~秋の十和田湖奥入瀬やねぶた祭、冬の八甲田のスキーと温泉や雪景色など季節を問わず魅力的な観光資源を宣伝し、東京や大阪、北海道以外の日本を体験したいコアな訪日層の心をつかんだ。宿泊先としても星野リゾートが大人気で、「新鮮でおいしいものを食べながらゆったりとした休暇を過ごせる場所」として認知度が高まっている。
私が中国の旅行口コミサイト「马蜂窝」で中国人の旅行記を分析してみたところ、行程としては青森市から弘前、八甲田奥入瀬へと向かうルートが一般的で下北や県東・県西はまだまだ訪れる人は少ない。しかしながら「恐山」や「不老不死温泉」なども、漢字のわかる中国人にとってはその名前が想起するイメージが魅力的であると考えられ、今後宣伝の余地がある観光地はまだまだ存在する。
ただし中国人旅行者のトレンドの移ろいは非常に速い。現状中国人、台湾人が訪問者のほとんどを占めているが、近い将来それだけでは立ち行かなくなる可能性は大いにあるので、将来を見据えた新規市場開拓に取り組んでいく必要がある。
※青森のみならず北東北は全般に伸びが大きくなっているが、これに関する考察はまた追って行うことにする。
岡山県、香川県
岡山県のインバウンドの現状については、日本政策投資銀行のレポートが参考になる。
特に近年伸びが大きいのが台湾からの旅客である。岡山初のLCC便が就航したのは2016年7月のタイガーエア(台湾)であるが、当初週3便運航であったのが増便に次ぐ増便で現在では毎日運航となり、台湾人宿泊者数は2016年の62,920人泊から2017年には130,230人泊と急増を見せている。また、岡山県に関しては台湾のみならず東アジア4市場(中国・台湾・香港・韓国)からの伸びが全て大きいことやフランスからの宿泊者数も伸びていることが注目される。香川県に関しても東アジア4市場からの伸びが大きいのが特徴だ。
大分県、熊本県
大分県は九州の中で福岡県に次いで外国人宿泊者数が多い県である。特に韓国人の占める割合が圧倒的に高いことが特徴であり、2016年時点で既に384,350人泊と全体の半分以上を占めていた。それが2017年には648,850人泊まで伸びており、勢いがとどまる気配を見せない。韓国からアクセスの良い北部九州地区の中でも特に日本的風情に満ちた温泉地が豊富であり、人気が根強いようである。
熊本県については韓国人に加えて台湾人の伸びが好調だ。くまモン効果は侮れないが、直行便が高雄にも就航しているなど、航空網の充実が大きい。
減少が顕著であった県
さて、再度先ほどの図を見てみよう。減少のあった地域は青系統の色で塗り分けているが、減少が目立つのは茨城県(前年比18%減)滋賀県(前年比17%減)埼玉県(前年比14%減)和歌山県(前年比10%減)奈良県(前年比9%減)静岡県(前年比6%減)三重県(前年比6%減)である。これらの地域の共通点としてはゴールデンルートの中間、または周縁に位置することである。
東京・大阪の二大都市は1回目の来日/リピーターを問わず滞在する外国人が多い。地方部へ旅行へ行く場合であってもまずはこの2都市の空港に降り立ち、1泊することが一般的だ。ナイトライフやショッピング環境も充実し、何度来ても飽きない都市的な魅力があるし、どこへ向かうにも交通が便利だからまずこの二都市に降り立つのは合理的な選択だ。
一方、大阪を除く関西地方は、一度関西周遊旅行で訪れると二度目三度目も足を運ぶことは稀だろう。東京を除く関東地方やゴールデンルート上の東海地方についても同様のことが言え、リピーターが増えれば増えるほど苦戦することが予想される。この状況をどのように打破していくのか、各県の担当者にとっては悩みどころである。
例えば静岡県は中国人観光客に依存する状態からの脱却を図り、香港や豪州等を重点市場と捉えてプロモーションを行う。体験型観光メニューの充実やレンタカーを使った旅行の推進などの取り組みを行っている。
インバウンドのトレンド変化は激しい。1年単位で市場を分析し、新たな戦略を立ててプロモーションを行わないとすぐに市場の流れに取り残されてしまうという厳しさを感じる。
備考
今回の記事では観光庁の『宿泊旅行統計』に基づいて「10人以上従業員がいる施設における宿泊者数」を通して、各都道府県のインバウンドの状況を分析している。しかしながら、本来インバウンドの状況を全方面的に把握するためには、『訪日外国人消費動向調査』や日帰り客も含めた訪問数の動向についても分析を加える必要があるため、分析内容は完全とは言い切れない部分が残っている。