北海道の山の魅力は広大な高山帯にある。そしてその高山帯に分布する植物は遠く千島列島・サハリン・カムチャッカやアラスカまで分布域を持っていることが多い。北海道の山を歩くと、植物の分布を通じてまだ見ぬ遥か北方の地に思いを馳せると共に、植物が地球の歴史の中で経てきた長い旅に思いを巡らせることができる。*1
また、日本列島の北端に位置する北海道は、北極圏から広く分布する北方民族*2の分布の最南端にあたり、 長くアイヌ民族が主役として生活を営んできた島でもある。北海道の山にはアイヌ語の響きの良い山名が多いので、何となく神秘的な領域に足を踏み入れるような気がして、それもまた普段の国内の山行と違った感覚を与えてくれる。今回初めて北海道の山を歩いてみて、また新しい世界の入り口に足を踏み入れたような、そんな素敵な感覚を持つことができた。いつか知床、利尻、そしてその先にあるサハリン・シベリアや千島・カムチャッカの山々に足を運び、そこに生きる動植物や人々と出会う日が作れれば良いなと思う。
それではこれから今回の行程を紹介していこうと思う。また、最後に備忘録として今回出会った高山植物や動物の一覧を整理しておく。
旭岳の東斜面には広大な雪渓が残り、キバナシャクナゲなどのお花畑が広がっている。裏旭キャンプ指定地があり、1日目はここにテントを張った。
2日目朝、裏旭キャンプ場から斜面を登ると、御鉢平カルデラの外輪山に出る。外輪山を取り囲む山々は早くから開けていたのか、間宮岳・荒井岳・松田岳など北海道の開拓者や探検家の名前を冠した山が多い。山名の中に先住民語を由来とするものや偉人とされる人の名字を由来とするものなどが混在しているのは、台湾と共通している。
朝霧がかかる御鉢平の絶景を楽しみつつ、ふと逆方向を見ると王冠のような形をしたトムラウシ山が顔を出していた。そして目の前をひらひらとダイセツタカネヒカゲが飛んでいた。
北海岳の山頂で御鉢平に別れを告げる。この先、キバナシオガマなど沢山の高山植物が見られる。
白雲岳直下のチングルマの群落。
白雲岳避難小屋手前にはキバナシャクナゲが見事な群落を形成していた。さらに小屋に近いところにはチシマノキンバイソウの大群落がみられた。
高根ヶ原。断崖下部の沼周辺には多数のヒグマが棲息している。今回も偶然会った帯広農業高校山岳部に教えてもらってよく見ると、一頭のヒグマが現在は閉鎖されている登山道上を悠々と移動しているのが見えた。
化雲岳下の平坦地には見渡す限りのチングルマやハクサンイチゲ等のお花畑が広がっていて、地図には「神遊びの庭」と書かれている。
化雲岳からヒサゴ沼に下る道は残雪に完全に埋もれており、視界も悪くてどこを歩いたものか全くわからなかった。GPSを出して何とかヒサゴ沼まで降りた。
2日目は霧に煙る幻想的なヒサゴ沼の畔にテントを張った。北海道の夏は日が長く、4時過ぎには日の出を迎えるが19時半ごろでもまだ明るいので行動時間を長くしてしまいがちだ。着いた頃には疲弊しきっていた。
3日目朝、朝日に照らされるヒサゴ沼が鏡のように背後の山を映し出している。雪渓が氷河のように沼まで落ち込んでおり、横断する箇所は少し緊張した。滑ると沼まで一直線なのだ。
ヒサゴ沼から主稜線に復帰すると「日本庭園」に出る。前景に高山植物の群落、その後ろの池泉を取り囲むように築山と岩と残雪の模様が効果的に配置され、背後の屏風のように切り立った山を借景として取り入れている。大自然が作庭した池泉回遊式庭園の傑作。
そしてたどり着いたトムラウシの山頂。旭岳から遥かに続く稜線を目でたどり、この3日間の自分の足取りを確認する。
トムラウシ山頂からは十勝連峰の展望が一気に開ける。オプタテシケ山、美瑛岳、十勝岳、富良野岳、そして背後には芦別岳だろうか。
トムラウシ山から鞍部に下りると南沼キャンプ地がある。周囲にはオレンジ色のコヒオドシがあちこちで飛んでいた。キャンプ池の上には水源地となっている池がある。続々と登山者がやってくるトムラウシの山頂とは違ってとても静かで、別天地のような場所だったので、池のほとりの岩場でカフェ・オレを飲みながらゆっくりした。
下山中、前トム平からトムラウシ山を望む。下山路もとても長く、足裏も痛くなってきてしんどかったが何とかトムラウシ温泉にたどり着いた。南沼キャンプ地であと1泊しておけばもう少し余裕があって良かったかな...
高山植物
今回観察することのできた花を以下に色別に整理しておこうと思う。高山植物を目的に山に入ると、曇り空の中、露に濡れたりしている方がかえって綺麗だったりするので、心理的にそこまで天気にこだわらなくなって余裕が出るので良い。
イワウメ 岩梅 Diapensia lapponica L. var. obovata F.Schmidt
キバナシャクナゲ 黄花石楠花 Rhododendron aureum
チシマクモマグサ 千島雲間草 Saxifraga merkii
クモマユキノシタ 雲間雪下 Saxifraga laciniata
ウコンウツギ 鬱金空木 Weigela middendorffiana
メアカンキンバイ 雌阿寒金梅 Sibbaldia miyabei
エゾタカネスミレ 蝦夷高嶺菫 Viola crassa Makino subsp. borealis
キバナシオガマ 黄花塩竃 Pedicularis oederi var. heteroglossa
エゾツツジ 蝦夷躑躅 Rhododendron camtschaticum
チシマキンレイカ 千島金鈴花 Patrinia sibirica
チシマノキンバイソウ 千島金梅草 Trollius riederianus
エゾオヤマノリンドウ 蝦夷御山豌豆 Oxytropis japonica var. sericea
トカチフウロ 十勝風露 Geranium erianthum f. pallescens
ミヤマリンドウ 深山龍膽 Gentiana nipponica
イワブクロ 岩袋 Pennellianthus frutescens
コマクサ 駒草 Dicentra peregrina
エゾコザクラ 蝦夷小櫻 Primula cuneifolia
動物
今回撮った動物の一覧。
コヒオドシ 小緋縅 Aglais urticae
ダイセツタカネヒカゲ 大雪高嶺日陰 Oeneis melissa
ギンザンマシコ 銀山猿子 Pinicola enucleator
忠別沼手前の登山道にあった新しい熊の糞。
*1:水深が比較的浅いベーリング海峡・間宮海峡や宗谷海峡は、氷河期には消失して陸地化し、アラスカ-ユーラシア大陸-樺太-北海道-千島列島は陸続きになっていたという。一方で諸説あるものの、比較的水深が深い津軽海峡は氷河期においても陸化することがなかった、或いは陸地化していたとしても短い期間だったと考えられている。そのため、北海道の動植物相は本州と比べて北方起源のものが多く、本州と異なっている点も多い。
*2:北半球のおもに寒帯、亜寒帯気候の地域に暮らす民族の総称で、トナカイ放牧や海獣狩猟、サケ漁などそれぞれの地域の特徴を生かしながら生活を行ってきた。代表的な民族としてグリーンランドのイヌイットやスカンディナビアのサーミなどが挙げられる(参考:北海道立北方民族博物館 総合案内)。なお、その中で日本人に関わりのある民族としてはアイヌの他に、サハリンのニブフ、ウィルタなどは大日本帝国の統治支配を受けている。