休学中の記録

宇都宮駅の思い出

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2013年6月、ワンダーフォーゲル部で奥鬼怒の山々を歩いた。本来は日曜に下山するはずだったが、事情あって土曜の夕方には下山することになり、とはいえレンタカーは日曜夜まで使えるので、浮いた時間でみんなで宇都宮、川越などを観光することにした。土曜日は宇都宮に着いたところで深夜になり、駅前に駐車場を探して車中泊することになった。

みんな疲れていたのだろうか、ほどなくしてほとんどの部員が眠りについた。一方、車の中で眠るみんなの寝息を聞きながら、僕は妙に寝付けなかった。車の中は狭くて自由に寝返りを打てないし、換気が悪くて居心地もよくなかった。

「一度外に出よう」。そう思って、車外に出ると少し肌寒い。けれども、新鮮な空気を吸い込んで広い夜空を見上げていると、開放感を感じた。僕は車内を諦め、駅構内で場所を探して寝ることにして歩き始めた。そして宇都宮駅の東西自由通路に場所を見定めて銀マットを敷き、寝袋に入った。

夜の12時を回ると駅構内の商店も閉まり、終電の利用客や宴会帰りの人の波も徐々に引いて行く。やがて辺りは静けさに包まれていった。これで誰にも邪魔されることはない。僕は安心して横になった。駅構内は消灯しないのでいつまでも明るいのは気になるが、寝袋の中に潜ってしまえば大丈夫だ。ほどなくして心地よい眠りが訪れた。

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眠りについてどれくらいたっただろうか。僕は「Stand by Me」の大音量の歌声に叩き起こされた。一瞬何が起きたのかわからず頭がついていかなかったが、ようやく状況を理解してスマホの時計を見ると時刻は午前1時45分だ。

目の前では小太り体形のお兄さんが弾き語りを始めていた。年は30代半ばくらいだろうか。「わざわざ人が寝ている真ん前で歌わなくても良いじゃないか」と思ったが、もしかしたら土曜日夜のこの時間、彼は決まってこの場所で歌っているのかもしれない。だとしたら彼のテリトリーを勝手に占拠していたのは僕の方かもしれない。

これで歌が下手くそだったら、気持ちよく寝ているところを叩き起こされて悪態の一つくらいつきたくなっていたかもしれない。しかし彼の歌声はエネルギッシュで、高音域も全く外すことがない。静かな宇都宮の夜に張りのある清々しい歌声が響く。僕は開き直ってただ一人のオーディエンスとして弾き語りを楽しむことにした。

深夜2時、人知れず弾き語りを行う青年と銀マットの上で寝袋にくるまったままその歌声を聞く若者。客観的に見ればシュールな光景に違いない。

「Stand by Me」が終わり、続いて2曲目は浜田省吾の「J.Boy」だ。

「J.Boy 掲げてた理想も今は遠く J.Boy 守るべき誇りも見失い J.Boy J.Boy...」。 繰り返される「J.Boy」のフレーズが夜の駅の構内に切なく響く。

2曲目が終わったところで、「とても上手ですね」と僕は弾き語りのお兄さんに声をかけた。お兄さんは宇都宮の書店で働いているらしい。そして仕事終わりに出てきてこの場所で歌を歌うのが習慣だという。彼は普段、どんな思いを抱えながら書店員として働いているのだろうか。どんな夢を持って社会に出て、今どんな思いでこのJ.boyを歌っているのだろう。色々気になったが、いきなりそんなことを聞いても気まずくなるだけなので黙っていた。

3曲目は長渕剛の「しゃぼん玉」。

「一体俺たちはのっぺりとした都会の空に いくつのしゃぼん玉を打ち上げるのだろう...」。野良犬根性が垣間見えるフレーズは嫌いじゃない。気に入ったので曲名を聞くと、これは「しゃぼん玉」という曲で...と教えてくれて、続いて長渕剛について色々と語ってくれた。

4曲目は藤井フミヤの「TRUE LOVE」、

「君だけを見つめて 君だけしかいなくて...」。まだ恋をしたことはないけれど、いつかそんな日が来るのだろうか。聞きながらやっぱり少し眠たくなってきた。この弾き語りはいつまで続くのだろう。今日は結局眠れるのだろうか。少し不安になってきた。

最後5曲目は尾崎豊の「15の夜」だ。この曲は僕も知っているので、一緒に歌うことになった。深夜の誰もいない駅で、誰にも気がねすることなく2人で歌声を張り上げる。何かまるで中高生の不良に混じって夜の街に出たような背徳感を覚えるが、それが曲のテーマともマッチしてとても気持ちが良い。つい2~3時間前までは、まさか深夜の宇都宮駅構内で見ず知らずのお兄さんと15の夜を熱唱するなんて思ってもみなかっただろう。人の出会いというのはつくづくわからないものだ。

最後、「自由になれた気がした15の夜」の後に、彼が「自由になれた気がした○○の夜(正確な数字は忘れたが、○○は彼の年齢だろう)」と続ける。そして、最後に僕が「自由になれた気がした19の夜」と続けた。

別にオチはなくてただそれだけなのだが、外出自粛の週末にふと昔を振り返っていて懐かしく思い出したので、大事な思い出を忘れないようにここに記しておこう。