休学中の記録

千島列島の名前を持つ高山植物

日本の北海道や中部山岳の高山には「ウルップソウ」「シコタンソウ」「チシマキンレイカ」のように千島列島の名前を冠する植物がたくさん分布しています。

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シコタンソウ(Saxifraga bronchialis subsp. funstonii var. rebunshirensis

南アルプス悪沢岳山頂にて2012年8月撮影。

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ウルップソウLagotis glauca)

北アルプス・白馬岳にて2017年7月撮影。

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チシマギキョウCampanula chamissonis

南八ヶ岳・横岳にて2016年8月撮影。

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チシマキンレイカPatrinia sibirica

北海道・大雪山系にて2019年7月撮影。

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チシマクモマグサ(Saxifraga merkii

北海道・大雪山系にて2019年7月撮影。

これらの植物は、その名前が示すように千島列島に多く分布しています。現在の日本領土内では北海道、中部山岳などの一部の高山でしか観察することができませんが、緯度の高い千島列島では海岸低地にも多く分布しています。このため千島列島が日本領であった時代は比較的容易に観察ができ、植物学者の採集・研究の対象となりやすかったことから、「ウルップ」などの千島列島の島名や「チシマ」を冠する和名が命名されていきました。

私は日本の高山でこれらの植物に出会うたびに、そのルーツとも言える千島列島の自然に思いを馳せます。千島列島は今では決して容易に行くことができない島々ですが、その美しい自然はかつて多くの日本人を魅了してきました。海岸のお花畑の奥には国後島の爺爺岳、幌筵島の千倉岳・後鏃岳、阿頼度島のアライト山などに代表される端麗な姿の火山が豊富な雪を抱えて聳えている、そんな素晴らしい風景を見に、是非いつか訪れてみたいものです。

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 1935年、海軍水路部が発行した海図に描かれた阿頼渡島。外邦図デジタルアーカイブhttp://chiri.es.tohoku.ac.jp/~gaihozu/index.php)より画像取得。
千島列島の植物

千島列島の植物

  • 作者:高橋英樹
  • 発売日: 2015/03/18
  • メディア: 単行本
 

Many alpine plants in Japan originate from migration from north to south when it was connected to the continent in glacial period. Species widely distributed in Kuril islands, Kamchatka and Alaska can also seen in high mountain areas of Japan. I like to observe alpine plants in Japan and think of the long journey they have gone through in their history. Here, I introduced some of the alpine plants which has the names of kuril islands in its Japanese name. 

這幾年我在日本登山的路上,偶遇了許多冠以千島群島爲名的花草。千島群島由十幾個島嶼組成,北起占守島,南至國後島。根據1875年的庫頁島千島交換條約,日本獲得了千島群島的主權,不少植物學家在北方的新天地展開了採集、分類及命名的工作。

雖然現在的我們難以想像,當時千島群島比日本本土的高山容易到達,而且植物群落的規模又很大,比較容易被觀察到。因此許多「高山植物」最先在千島群島的海岸一帶被發現並命名,在許多花草的名字裡面可以看到「千島」或者千島群島的島名。

上面介紹的是色丹草(Saxifraga bronchialis subsp. funstonii var. rebunshirensis)、得撫草(Lagotis glauca)、千島桔梗(Campanula chamissonis)、千島金鈴花(Patrinia sibirica)、千島雲間草(Saxifraga merkii)。

當我在日本高山遇到這些植物,總會想起遙遠的千島群島。千島群島每逢夏季,美麗的花草佈滿海岸一帶。秀麗的火山 - 阿賴度山、千倉岳、後鏃岳、爺爺岳...到了盛夏還是積雪未融,聳立在海面上。雖然現在千島群島不是輕易能夠到達的地方,但它一直都是我的bucket list之一。

琵琶湖をめぐる風景と食

先日、滋賀県高島市の蛇谷ヶ峰という山に登りました。

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私は個人的に琵琶湖の湖西地方がとても好きで、高校生の時から頻繁に訪れています。特にJR湖西線の高架から見下ろす湖と山の風景はお気に入りで、青春18きっぷで関西から北陸方面に旅行する時は必ず湖西線を利用してきました。

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秋から冬の時期などは朝早く奈良の実家を出るとちょうど湖西線で日の出を迎えます。浜大津のあたりで少し空が明るくなりはじめ、時期にもよりますがたいていは志賀、比良のあたりで朝日が湖の真正面から昇ってきます。北小松あたりの集落は水田に囲まれ、湖に面し、随分昔の佇まいを残していて、瓦屋根が朝日に照らされる風景はとても印象深いものでした。

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滋賀県は北陸への通り道として通過することも多かったのですが、手軽に遊びに行ける場所としても重宝していました。青春18きっぷが1回分余った、というような場合には琵琶湖に泳ぎに行くこともありましたし、10年前、近江塩津からマキノまで、奥琵琶湖パークウェイを友人と自転車で冒険したこともありました。湖北は山が湖に迫り、リアス式海岸フィヨルドをも思わせる風景が広がり、湖水は穏やかで透明度が高くて気持ちの良い場所でした。

前置きが長くなりましたが、湖西地方を訪れるとそんなたくさんの思い出がよみがえってきます。昔のことを思い出しながら登山口を目指しました。

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今回は近江高島の駅で降りて、コミュニティバスで「畑」という集落まで乗ってから出発しました。畑の集落は大規模な棚田が有名です。

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畑の集落の八幡神社は、境内の杉の大木から見るにかなり歴史の古い神社のようでした。良い意味で飾り気がない神社で、純粋に地元の人達が自分達のために維持してきたような素敵な雰囲気でした。

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よく整備された人工林の登山道を歩き始めると早速大きなキノコに出くわしましたが、私には判別がつかないのでパスします。

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木漏れ日が心地よい秋の森にはたくさんのドングリや栗の実が落ちていました。

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比良の山々は人の手が入った森なのか、大木と呼べるような木はあまりありませんが、シロモジの黄葉が綺麗でした。

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山頂にたどり着くと、安曇川扇状地が一望できます。教科書通りの扇状地の風景で、山裾と扇端の湧水帯に古くからの集落が分布しているように見えます。湖東は鈴鹿の山々から伊吹山までくっきりと見渡すことができました。

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北の湖岸線、竹生島、そして左奥には冠雪した白山の姿まで見えました。

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下山途中に沢を横切る時、ふと地面の倒木に目をやると黄金に輝くキノコが群生していました。これはヌメリスギタケかヌメリスギタケモドキに間違いありません。どちらの場合であってもおいしくいただけるので、採集しておきます。

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別の角度からみた群生の様子。状態の良さに嬉しくなります。

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朽木の町に下山すると、街道筋に古い町並みが広がっています。ひときわ目をひくのは、昭和8年に建てられた木造洋館の丸八百貨店で、中では地元のおばあちゃん達がお茶を飲んで談笑していました。せっかくなので雑談がてらこの辺ではどんなキノコが採れるんですか?と聞くと、

「うーん最近はよう採らんわ。キノコは危ないからなぁ。」

「昔はショウゲンジとかを良く採ったよ、この辺では「ボウズタケ」って呼ぶことが多いけどね」

「最近は鹿が多いしキノコも減ったんとちゃうやろか。」とのことでした。

最近ではキノコを利用する人はあまり多くないのかもしれません。

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さて、下山後は朽木や安曇川の道の駅をまわります。道の駅には滋賀・琵琶湖の豊かさが詰まっていました。佃煮はもろこ、ごり、小えびを筆頭に、冬になったら氷魚(鮎の稚魚)も出ます。

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王者・鮒寿司はもちろん、鮎・かまつかのなれずしなど発酵食品のバリエーションもとても豊富でした。そして湖魚に留まらず鯖街道の歴史を反映して鯖寿司や鯖へしこもたくさん売られていました。酒飲みには本当にたまらない場所ではないかと思います。

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たくさんお土産を買ったところで、今回に合わせるお酒を選びます。まずは湧水の里・針江にある川島酒造で「松の花」のひやおろしです。慶応年間に創業した歴史ある酒蔵で、酒蔵の前にはおいしい湧き水がコンコンと湧いています。「松の花」という名前は、酒蔵を立てた場所にもともと大きな松の木があったこと由来しているそうです。その木は伐採されたそうなのですが、「松の花」はその魂をしのんで、ということなのかもしれません。

もう一本は湖に面した石積みで有名な海津の里の吉田酒造「竹生嶋」にしました。海津からは正面に竹生島が見えます。

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海津の湖岸で見たカワニナ

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さて、帰ってきてからは友人家で酒盛りを始めます。鮎はちょっと苦みがあって大人の味でおいしいです。もろこも旨味が詰まっていてとてもおしいのですが、2000年代に入って漁獲量が激減しているそうですので、大事に食べたいところです。

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鯉はコリコリとした食感がおいしいですが、九州にゆかりのある友人によると、鯉は九州の方がレベルが高いとのことでした。佐賀のお土産だという唐辛子の入った赤柚子胡椒で食べるととても美味でした。

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つづいては鮎の甘露煮。子持ちの鮎で卵の部分がとてもおいしいです。

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続いて惣菜です。安曇川の道の駅の惣菜は牛スジ煮込み(滋賀名物赤こんにゃく入り)やニシン茄子など、一品一品レベルが高いです。しかも値段もお手頃です。

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そして安曇川駅前の湖魚屋さんで買った発酵食品の王者、鮒寿司を食べます。強い酸味と旨味がまじりあうとても不思議な味でした。お酒にとてもよく合いますし、米麹の部分もお茶漬けにするとおいしくいただけます。

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琵琶湖博物館で見たニゴロブナ。

湖魚をはじめ琵琶湖の恵みのオンパレードに満足したところで、最後に先ほど採集したヌメリスギタケモドキを味噌汁にします。

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乾いている時はそれほどでもありませんでしたが、水洗いするととたんに傘にかなりの粘性が出てきました。

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味噌汁にするとほんの少しシャキシャキ感のあるナメコのような味でとてもおいしかったです。

今回は高校生の時とはまた違った視点で、滋賀県・琵琶湖の魅力を再発見できてとても楽しい旅になりました。

八丈富士登山と植物観察

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八丈富士(標高854m)は八丈島の西部に聳える活火山で、伊豆諸島の最高峰です。山頂部には直径400mほどの巨大な火口があり、360度の展望を楽しみながら一周1時間ほどのお鉢巡りを楽しむことができます。今回は植物観察をしながら八丈富士の登山道を歩きました。

登山道沿いの植物

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八丈富士の秀麗な山容はどこから見ても美しく、登高欲をそそられます。植物公園を観光してから午後に登山を開始しました。

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ハチジョウアキノキリンソウ Solidago virgaurea ssp. leiocarpa var. praeflorens

伊豆諸島南部の固有変種で、本土で良く見られるミヤマアキノキリンソウと近縁と考えられているそうです。花期は比較的遅く、今回もたくさん観察することができました。

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ハチジョウアザミ Cirsium hachijoense

11月の八丈島ではアザミの花がたくさん見られました。海岸沿いにはより葉に棘がきつく光沢のあるハマアザミ(C.maritimum)が見られ、八丈富士登山道ではハチジョウアザミ(C.hachijoense)が多く咲いていました。

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イズノシマダイモンジソウ Saxifraga fortunei var. jotanii

八丈島では八丈富士登山道のほか、三原山の林道の切り通しなどにまとまって群生しているのが見られました。

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シチトウスミレ Viola grypoceras var. hichitoana

通常花期は春ですが、11月に咲いている個体も2~3株ほど見られました。

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八丈富士の山頂に着くと、ハチジョウイヌツゲの合間に綺麗に熟した赤い実が見られました。おそらくつる性植物のサルトリイバラと思われます。

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山頂部のお鉢に沿ってはシマノガリヤスの草原が目立ちます。森林が繁茂しないのは強風による風衝作用と思われますが、何となく台湾北東部の山地の植生を思わせる景観でした。

 

火口内の植物

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八丈富士の火口は巨大で、内部の凹地にはユズリハやヤマグルマなどの木が生い茂っています。

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火口内へ足を踏み入れると、森の中には多種多様なコケとシダ植物がびっしりと密集していました。

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枝という枝にコケがまとわりつき、木の幹にはシシランなどのシダ植物がびっしりと着生している様は圧巻でした。

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三原神社の鳥居はそんな森林の中に埋もれるように立っていました。

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これはコウヤコケシノブとヌカボシクリハラン...のような気がしますが、シダ植物の判別には自信がありません。「八丈島の植物ガイドブック」と「くらべてわかるシダ」を手に歩いていたのですが、もう少し観察眼が必要になりそうです。いずれにしても八丈富士の火口は、八丈島の中では三原山と並んでシダ植物の観察に絶好の場所です。

くらべてわかる シダ (くらべてわかる図鑑)

くらべてわかる シダ (くらべてわかる図鑑)

  • 作者:桶川 修
  • 発売日: 2020/04/13
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

雲霧林の雰囲気を存分に味わったところで、再び火口壁の上に戻ってお鉢めぐりを開始します。

お鉢巡りの景色

 

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お鉢の西側は八丈小島を見ながら歩くことができます。八丈富士から見るととても小さく見えますが、こう見えても標高600mを越える背の高い島です。

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北側にはガレ場があり、海と山が織りなすダイナミックな景色を楽しみながら歩くことができます。天気が良ければ海の向こうに御蔵島が見えるはずでしたが、今回は少し曇っていて見えませんでした。

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一周歩くと底土港と三原山の景色が戻ってきます。八丈富士のお鉢巡りは本場富士山のお鉢巡りに負けず劣らず素晴らしい展望が楽しめました。

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参考になる資料やウェブサイトなど

八丈ビジターセンターは植物公園内にある自然・文化解説施設です。ウェブサイトでは八丈島で見られる動植物について詳しく紹介しているほか、毎月発行されている「こっこめ通信」はその月ごとのホットな話題を盛り込んでいて面白いです。

図説 日本の植生 (第2版)

図説 日本の植生 (第2版)

  • 発売日: 2017/06/20
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 「図説日本の植生」は私が通っている図書館に置いてあってよく読んでいるのですが、P128-131には島嶼の植生について、P136-137には八丈島の植生に関する説明があって、とても参考になりました。

https://www.hachijo.gr.jp/39rhf0e/wp-content/uploads/2017/07/hachijoufuji_map.pdf

八丈島の簡易登山マップです。ルート概要を把握するのにちょうど良いです。

 

 


伊豆諸島の船旅(東京ー三宅島ー御蔵島ー八丈島航路)

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私は山が好きなので東京に来てからは東北や信州に足を延ばすことが多いです。とはいえ寒いのは嫌いで、秋から冬にかけては太平洋側に足がのびがちです。この時期、三浦半島や真鶴、伊豆半島などお気に入りの行き先はたくさんありますが、何といっても特におすすめなのは伊豆諸島です。

伊豆諸島には飛行機で行ける島もありますが、私はいつも東海汽船の大型客船(さるびあ丸/橘丸)に乗ります。多少残業をしても22時台に浜松町の竹芝桟橋を出発する船には余裕を持って乗り込めますし、甲板で東京都心の夜景を見ながらビールでも飲んで、気分上々で横になると、翌朝には島に着いているのは本当に素晴らしいなぁと思います。

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さて今回は東京から三宅島、御蔵島を経由して八丈島まで10時間かけて航行する「橘丸」に乗りました。雑魚寝の二等船室ですが乗り心地は悪くなく、夜は比較的心地よい眠りに包まれました。そして朝起きて甲板に出ると、太平洋の荒波の中に八丈富士と八丈小島が並んでいました。大きく揺れる甲板の手すりにしがみつきながら、朝日に照らされる島影を見ていると、だんだん高揚感に包まれました。

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八丈島への上陸が近づくと、いよいよ八丈富士の姿が大きくなってきます。瀬戸内の穏やかな海に慣れている私にとって、この太平洋の海の色と波の高さ、そして火山島の迫力にはやはり圧倒されます。八丈島は「流人の島」として知られますが、確かにここに流されたら容易に脱出はできないだろうな、という気がします。

さて、上陸してからのことはまた機会を改めて書くとして、今度は帰りの船です。帰りの船は夜行ではなく、朝9時40分に八丈島を出港して、東京竹芝には19時50分に着きます。島での滞在時間をできるだけ長くしたい場合は、帰り飛行機を使う選択肢もありますが、船旅は船旅で大海原の風景を存分に楽しむことができます。

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登龍峠展望台から見た橘丸の入港シーン。

出港を前に甲板から島をながめると、たとえ短い時間であっても時間を過ごした島への愛着から少しセンチメンタルな気分になります。港には見送りの人もチラホラ見られます。

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八丈島を出港すると、三原山の断崖絶壁が目に入ります。やがてだんだん島が小さくなっていき、島に向かって手を振っていた人たちもやがて船内へ戻っていきました。

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八丈島を出発してから3時間ほどで次の島の御蔵島に着きます。御蔵島の南側は、最高峰の御山851mから急斜面がそのまま海まで落ち込んでいます。「取りつく島もない」という言葉がありますが、御蔵島のような島では、島はあってもそう簡単には取り付くことはできません。実際私が乗った時は、行きの船も帰りの船も波が高くて御蔵島には接岸できず、通過することになりました。

伊豆諸島では「一島二港方式」を採用している島が多いです。つまりメインの港とは別に島の反対側にサブの港を作ることで、風向きに関わらず接岸できるようにしています。例えば伊豆大島の岡田港と元町港、八丈島の底土港と八重根港、といったような具合ですが、御蔵島のような地形では港を一つ作るのがやっとです。そして結果として風や波による欠航率が高くなっているようです。

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御蔵島の次に寄港するのは三宅島です。三宅島の雄山は裾野が長く、御蔵島八丈島に比べると随分穏やかな印象を与えます。とはいえ全島避難をもたらした2000年の噴火の記憶は新しいですし、山頂部にはその際に深さ500mもの巨大なカルデラがあるそうです。

三宅島では予想以上にたくさんの乗客が乗船し、船内が急に賑やかになりました。

三宅島を過ぎるとあとは本土を目指してひたすら航行します。三宅島を過ぎるとさすがに時間を持て余すようになってきました。10時間の船旅ですから、本なりiPadなり暇つぶしの道具はやっぱり必要ですが、そこまで気が回っていませんでした。外も少し寒くなってきて甲板も長居できませんし、おとなしく船室で仮眠を取ることにしました。

昼寝から目が覚めると、船は伊豆大島沖を航行していました。ちょうど夕陽の時間帯で、伊豆大島の奥にオレンジ色の太陽が沈んでいきました。もっと天気が良ければ丹沢や富士山も見えるのではないかな、と思いますが、今回は見えませんでした。

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外が暗くなると月が綺麗に見えるようになりました。羽田空港の飛行機を眺めていると、やがてレインボーブリッジと都心の高層ビル群が近づいてきます。高層ビルは一棟だけでも島の人口を越えるような人数を収納できるのではないかと思いますが、そんなビルが何百棟も林立している東京という街は本当に信じられないくらい巨大なものに感じます。

そしてレインボーブリッジをくぐって、ゆっくり湾内を航行した橘丸は竹芝港に着きました。荷物をまとめて下船する時、船内にかかっていた音楽が妙に耳に残ってしばらく頭から離れませんでした。あーついに戻ってきたな、という気がしましたが、帰ってきたその時から、次はいつ、どこの島に行こうと考えている自分がいるのに気づきます。名残惜しさから港の「アンテナショップ 東京愛らんど」に立ち寄ると、つい土産物を買い足してしまいました。

...手軽に非日常を味わえる伊豆諸島の船旅はとても好きですし、また季節を変えて、コロナウイルス感染者が落ち着いた頃を見計らって東海汽船を利用しようと思います。

旅の思い出:佐渡島を回る

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2017年の7月、白馬岳から下山後に佐渡島を旅行しました。1日目は直江津港から佐渡汽船で小木港に渡って宿根木の集落を観光し、2日目は佐渡北部の外海府海岸の景勝地を中心に回りました。もう3年前の話ですが、当時を思い出しながら植物と自然、食べ物と飲み物、集落と人の3つのカテゴリーに分けて旅行記を書きました。

佐渡の植物と自然

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新潟交通佐渡のバスに乗って、大野亀海水浴場へ向かいます。両津港から大野亀へ向かう内・外海府線というバス路線ですが、車窓には大きく海が広がり、とても旅情豊かな路線です。

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たどり着いた二ツ亀海岸はとても透明度の高い海水浴場です。7月中旬はまだ人が少なく、日本海ブルーを独り占めすることができました。海で泳いだ後は、もう一つの景勝地「大野亀」に向かって海岸沿いの遊歩道を歩きました。

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海岸の遊歩道沿いにはたくさんの植物が観察できます。まず目についたのはハマナスの実でした。ハマナスと言うとピンク色の花が思い浮かびますが、開花後はミニトマトのようなつやつやした実も楽しめます。ほどよい甘さがあって、ジャムや果実酒にも使えるそうです。

以前宮本常一の著作の中で読んだのですが、下北半島の尻労(しっかり)という場所では、このハマナスの実を連ねて括って数珠を作る風習があったようです。お盆にはそれを持って墓参りに出かけ、またお地蔵さんの首にもその数珠をかけていたそうです。

下北半島 (私の日本地図 3)

下北半島 (私の日本地図 3)

  • 作者:宮本 常一
  • 発売日: 2011/09/20
  • メディア: 単行本
 

佐渡ハマナスの実を見た時、まず思い浮かんだのがこの下北半島ハマナスの数珠でした。そしてその後に『知床旅情』で歌われたハマナスの花が思い浮かびました。佐渡ハマナスは海を通して遠くの場所まで繋がっているんだなぁと、植物を通して何だか自分の世界まで広がるような気がします。

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岩場にはイワユリが咲いていました。オレンジ色のユリと言えばオニユリが有名ですが、イワユリは上向きに花を咲かせるのが特徴です。佐渡の夏の青い日本海にはこのイワユリの色がよく映えます。

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そのほかに目立った花はカワラナデシコでしょうか。まだ7月の下旬だったのですが、ハマナスの実と合わせて見ると何だか少し秋を感じますね。

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やがて「願」という集落に着きました。目の前の海は穏やかですが、冬には北西風が吹き付けるのではないかと思います。後ろには崖が迫っていて、厳しい自然と共に生きる漁村という感じがしました。

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「願」の集落から坂道を急な坂道を上ると、佐渡有数の景勝地・大野亀に着きます。このあたりはトビシマカンゾウの季節になると一面が黄色い花で埋め尽くされてとても見ごたえがあるようですが、シーズンは既に終わっていました。でも緑一色に白木の鳥居が立つ風景も、なかなか良いものです。これから背後の急斜面を登ります。

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急斜面を蜂に脅えながら登り、大野亀の山頂に上がると、外海府海岸が一望できました。海岸線は見事な海食崖になっています。崖上の平坦地は切り開かれて水田になっていて、漁村集落が崖下にあるようです。台地上の土地が畑でなく水田なのはちょっと不思議な気がしますが、背後の山からの水が豊富なのかもしれません。佐渡には標高1000mを越える山脈があって、海だけでなく山も豊かです。

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バス便を逃して移動できなかったので、ヒッチハイクをしました。色んな話をしながら観光をして、夫婦岩に着くと、夕方になりました。昭和の雰囲気が色濃い夫婦岩ドライブインには「ブリカツくん」という冴えないゆるキャラがPRされており得も言われない気分になりました。いや、このセンスも嫌いじゃないですけどね。それにしても夕方の空は綺麗です。

佐渡の食べ物、飲み物

佐渡島はとても豊かな島です。水田耕作はもちろんのこと、果樹栽培、畜産も盛んに行われていますし、多種多様な海産物が水揚げされます。

明治になって新潟県が設置されるまで佐渡は「佐渡国」といういわば独立した行政体系のもとにあったそうです。また、数十年前には日本のある知識人の間で佐渡独立論が提唱されたこともあるらしいですが、その是非はさて置いても、仮に独立してもやっていけるほど物産が豊富である、ということは言えるのかもしれません。

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例えば魚ですが、佐渡島の中心地・佐和田のスーパーには地物のアジがたくさん並んでいました。新鮮そのもので、またこの大きさが8尾入って198円という値段には驚かされます。この島の人達はきっと決して魚に困ることは無いんだろうなぁと思います。

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また、他にも新鮮そうなイカ、イナダ、マダイの刺身がたくさん並べられていました。それも「新潟産」ではなく、「佐渡産」「地物」のシールが貼られています。小さなことですが、「佐渡アイデンティティ」がしっかり存在しているんだなぁと思わされます。

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海産物の加工品もたくさんあります。代表的なのはいかの塩辛で、「いかわた」がしっかり入った濃厚な味にご飯が止まりません。

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美味しい魚や海産物が手に入ると、今度はお酒が飲みたくなります。佐渡は島内に5つの酒蔵があり、おいしいお酒には事欠きません。

私は「金鶴」という銘柄を出している加藤酒造店を訪れ、たくさん試飲させていただいた後に一本購入しました。定番のお酒だけでなく、色々な種類を出しているので試飲も楽しいです。佐渡は柿が特産品だからか、柿の酒があるのも面白いところです。

もし佐渡で経済的な旅を楽しむのであれば、こうしてスーパーでたくさん新鮮なお刺身を買って、地元の商店でイカの塩辛でも買って、そして酒蔵で日本酒を購入して、宿に帰ってゆっくり飲むのも良いかもしれません。そんな少しケチな旅行スタイルでも、佐渡の地魚、佐渡の地酒を購入するわけですから、しっかり地元にお金が落とせるのが嬉しいところです。

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さて、米も魚も豊富な佐渡ですが、何と牛乳も生産しています。トキを大胆にあしらった佐渡牛乳のデザインはとても可愛いです。離島のご当地牛乳は佐渡以外にも色々あるようですが、伊豆大島の大島牛乳や八丈島の八丈牛乳など、いずれも海だけでなく山の豊かな自然がある島であるように思います。島の朝を島の牛乳で迎えるのはなかなか良いものです。

佐渡の集落と人

佐渡島はいわゆる「離島」ではありますが、国中平野と呼ばれる佐和田~両津にかけての中央部の平野は全国チェーン店やロードサイド店なども並び、さながら本土と変わらない風景が広がる一角もあります。一方で海沿いを中心にとても素朴な町並みが残っていて、そうした場所を歩くのはとても楽しいです。

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金山で栄えた相川の集落。

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小木港のたたずまい。

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 宿根木の黒瓦の町並み。

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佐渡島に高校はありますが、大学はありません。また、仕事の受け皿も決して多くはないのではないかと想像しますし、進学や就職をきっかけに新潟や首都圏に出て行くことも多いようです。実際、私達をヒッチハイクで車に乗せてくれた女性2人組も佐渡出身で今は新潟で働いているそうですし、聞くところによると島の成人式は1月の成人の日ではなくて、多くの人が島に帰省しているお盆に行うのだそうです。

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佐渡の人口推移表。出典:「RESAS(地域経済分析システム)-人口構成-」(https://resas.go.jp)(2020年11月16日に利用)

多くの人が島を出ていくのは寂しい話ですが、そうはいっても若者の流出はやはり止まりませんし、昭和中期には10万人を超えていた人口も、今では5万人強にすぎません。今や日本全国どこを旅してもそういう話ばかりですし、私自身も地元の関西を離れて首都圏で仕事をしているわけですから、島の人が島を出ていくのは尚更無理のないことです。

私個人にできることは少ないですし、偉そうに地方創成を語る資格もないのですが、できるだけ自分の稼いだお金は旅先の「地元の良いもの」にお金を落とすように心がけています。佐渡には良いものがたくさんありましたし、一人の旅行者として佐渡の産業や暮らしを少しでも支えることができたなら嬉しいなと思います。

社会人になって良かったな、と思える数少ないことの一つは、このように自分の消費行動を通じて自分が良いと思ったものを支持できることだと最近思います。

佐渡 (私の日本地図 7)

佐渡 (私の日本地図 7)

  • 作者:宮本 常一
  • 発売日: 2009/08/17
  • メディア: 単行本
 

佐渡島については2日間くらいしか滞在できず、まだまだ知らないことがたくさんあります。機会を見つけてまた是非訪れたいと思いますし、それまで宮本常一の著作でも読みながら理解を深めておこうと思います。