休学中の記録

北朝鮮における登山について

かつて大日本帝国がその版図をアジア各地に拡張していた時代があった。日清・日露戦争に勝利して台湾・南樺太を領有し、朝鮮を併合し、満州にも手を伸ばした。当時、これらの「外地」で山林の調査・踏査を行った学者達は、現地の人文地理、自然地理に関する貴重な記録を残した。結果的に「植民地の開発・制圧/統治」という今日的には否定的に捉えられる国家的目標に加担しながらも、彼らが情熱を持ってその仕事に取り組んだことはその一字一句からヒシヒシと伝わってくるのである。

僕は学術的な側面からというよりは、台湾登山に対する興味をきっかけにこういった植民地統治時代の記録に触れるようになった。そして彼らの学者としての観察眼と行動力、その全てにおいてレベルの高さに驚かされると共に、その記録が第二次大戦の終戦と共にピタリと顧みられることが無くなったことを惜しいことだと思うのである。

そこで表題の北朝鮮における登山についてである。

半島の南側に位置する韓国と日本との交流は盛んであり、山に登りに行こうとする日本人が多いのは2016年6月号の岳人で韓国の山特集が行われたことからも伺える。

岳人 2016年 06 月号 [雑誌]

岳人 2016年 06 月号 [雑誌]

 

しかし、北緯38度線を挟んだ半島の北側に、日本アルプスに比肩する山岳が沢山存在しており、戦前に日本人によって書かれた記録がたくさんあることに思い馳せる人は皆無であるように思われる。だから、僕はそこに目をつけ、朝鮮半島が統一される日がいつかやってくることを信じて細々と当時の記録を収集し、その暁には開放後の第一登攀者として北朝鮮の山岳に足跡を残したいという野心を持って機会を虎視眈々と狙っていた。こうして北朝鮮登山計画は秘密のうちに準備が成されていたのであるが、僕自身就職してしまうと時間は減るし、そもそも半島情勢が動くことがしばらくはなさそうだし・・・・ということで95%ほどの諦めを持って、このような記事を書いて不特定多数の人々と共有することにしたのである。

それでは以下、北朝鮮の山の魅力を先人の文章と共に紹介していきたい。

遙かな山やま (1971年)

遙かな山やま (1971年)

 

 例えば北朝鮮には冠帽峰(2541ⅿ)を盟主とする冠帽連山と呼ばれる山域がある。シベリアを中心に分布するタイガ原生林帯の南端に位置し、高原上の穏やかな山並みの中に圏谷地形を数多く擁している。夏には高山植物が咲き乱れる美しい山々だ。

高臺の位置が高緯度の爲めに二千米を越す峰は準草木帯にあり、夏期お花畑の美しさは人跡稀なために荒される事もなく、珍奇なる草本の競争曲を奏でる處の植物群落を形成してゐる。草原あり礫原あり岩登りに好ましい懸崖も乏しからず、そこには行手を阻む笹類もなければ南鮮の山に見るようなニホヒネツゴの藪潜りもないのである、気候が大陸的に近いため可なり北倚りの高地でありながら萬年雪がない、八月に入れば雪は消失してしまふのである、故に夏期此地を訪れるものには氷雪に閉されたる雪の面影には接し得ないが交通其他餘りに文明化した日本内地や北海道等の山々にて味ふことの出来ない登高の原始的に属する愉快さ凄さ雄大さと而して不自由さに頗る興味を惹かれるであろう。

齋藤龍本「朝鮮の屋根冠帽連山を紹介す」より

また、民俗学的に興味深いのは、台湾の登山に当時「蕃人」と呼ばれた原住民の存在が欠かせなかったように、当時の北朝鮮の登山記録には火田民と呼ばれる焼畑農耕民が度々登場することだ。平地国家の過酷な徴税、兵役や地主の小作料などを逃れるために、山の中に入って遊動的な生活を送ることは世界各地で広く行われている生存戦略であるが、それが朝鮮においては火田民であったのである。山野に火を放って焼き畑を作り、最初の年に馬鈴薯、翌年は粟やモロコシを作り、地力がなくなるとまた奥地へ入って山焼をするというのが一般的な生活サイクルであったようである。その他にケシを密栽培してアヘンを作ることで現金収入を得ているものもいた。1933年の朝鮮総督府の調査ではこうした火田民が朝鮮半島全域で150万人いたとされている。

道の両側に連なる山裾の傾斜地には、火田民のひらいた畑地がしがみつくようにして耕やされ、馬鈴薯や粟が作られている。その畑の隅にポツリ、ポツリと点在する丸太作りの小屋からは、朝食の準備だろうかー白い煙が細く長く、真っ直ぐに立ち昇っている。

飯山達雄「北水白山行」より

火田民は韓国ではもう見られないようであるが、北に行くとまだ沢山存在しているのではないだろうか。そんな人々との出会いに期待してしまうのも、地理的には手の届く場所に位置していながら謎があまりにも多い北朝鮮という場所の持つ魅力である。

北朝鮮に自由に行き来することができる日がいつか来ることを心待ちにしている。

  • 参考文献  

北鮮高地帯の利用に就て、1935、大可賀有爲、朝鮮山林會報第124號 p9-21

朝鮮の屋根冠帽連山を紹介す、1935、齋藤龍本、朝鮮山林會報第126號 p58-63

写真集 北朝鮮の山

写真集 北朝鮮の山

 
  • 追記(11月15日)

何と北朝鮮当局の協力を得たニュージーランド人によって北朝鮮の山が登られていることを知って愕然としている。不可能を可能にする行動力を持つ人は素直に羨ましい。なぜなら、それこそが僕に非常に欠けているもののような気がするからだ。

白頭大幹を縦走したニュージーランド人 :: Korea.net : The official website of the Republic of Korea