4年前の初秋、八幡平の葛根田川~大深沢の沢旅を終えた僕は、JR東日本・北海道パスを使って東北地方を鉄道旅行した。最終日の朝、名残惜しさを抱えながら東京に戻る車窓の中で、ひと際目立った山塊があった。当時はそれが安達太良なのか、日光なのか、はたまた他の山並みなのかよくわかっていなかったのだが、立派な山並みについカメラを向けた。
今更ではあるが、最近ふと写真を見返していて、これが南月山ー茶臼岳ー朝日岳ー三本槍岳へと続く那須の山並みであることに気づいた。那須連山は、地質学的には東北の脊梁山脈を成す奥羽山脈の南端にあたるらしい。「東北」が終わりを迎え、「関東」へと推移していく風景の最後を飾る山並みは当時ひと際印象に残っており、それをようやく同定できたことに嬉しさを感じた。
そんなきっかけもあり、今年のGW前半は那須の山に登りに行くことにした。残雪の山を歩くのは気持ちが良いし、まだ空気がひんやりしているこの季節に温泉に入るのも格別である。そして久しぶりに東北の入り口の空気を感じに行くのは魅力的なプランに思えた。
4月28日
朝8時台の東北本線に乗り込み、宇都宮で乗り換えて黒磯まで約2時間半。そこからバスに乗り換えて1時間でようやくロープウェイの乗り場の登山口についた。峰の茶屋までの登山道を歩きはじめるとすぐに残雪が現れ、辺りには春の訪れを感じさせるフキの花がチラホラと咲いていた。
今回は出発が遅く、峰の茶屋についた時点で既に13時を回っていたので茶臼岳山頂はパスして朝日岳へ向かった。
一箇所雪の斜面が残る危険個所をトラバースした後、鎖場を経てしばらく登ると朝日岳の山頂に着く。朝日岳山頂から茶臼岳(1913m)方面の展望は一級品で、那須を代表するダイナミックな景色が広がる。
反対方向は流石山~三倉山へと続く福島県(会津)・栃木県(下野)の国境稜線の展望が広がる。その向こうには真っ白な雪を被った山々がうっすらと見える。全体的に穏やかなスカイラインを持つ山が多く、「東北」を感じることができる。
朝日岳から隠居倉を経て雪道を踏み抜きながら斜面を下ると、辺りから温泉の匂いが立ちこめるようになる。後ろを歩く妻に「お前はこっそり屁をこいたんじゃないか」とあらぬ疑いをかけられるが、硫黄臭であることを説明すると何とか納得してもらった。
そうしてしばらくすると噴気が上がる三斗小屋温泉の源泉にたどり着く。鉄分のせいか、少し赤く染まった大地から噴気が絶え間なく噴き出す姿はなかなか壮観である。しばし鑑賞したのち下山を再開すると、途中の森の中に温泉神社があり、その下に三斗小屋温泉の旅籠風の建物が現れる。
宿泊したのは三斗小屋温泉・煙草屋旅館。当日の昼に電話をかけて予約したら「え、今日ですか?」と驚かれたが、快諾してもらいとても助かった。そうでなければ那須岳避難小屋を利用するつもりだったが、三斗小屋温泉まで来て温泉に入れないのはやはり残念すぎる。
煙草屋旅館にはロケーション抜群の露天風呂があり、夕食前、夜、翌朝の3回入浴して疲れを癒した。
※三斗小屋温泉には2件山小屋がある。
煙草屋
露天風呂があり、お風呂からの展望が抜群。テント泊可能だが1人2000円と若干高め。素泊まりは不可。
三斗小屋温泉 煙草屋旅館|那須の秘湯「三斗小屋温泉」の宿(那須塩原案内所)
大黒屋
露天風呂なし。ただし内湯や建物内部の雰囲気はとても良い。テント泊は基本できないが、素泊まりは可能。なお、地元の人によると食事はこちらの方がクオリティが高いらしい。また、食事は部屋出しで山小屋というより旅館のような感じ。
両者にそれぞれの良さがあり、それぞれが補完しあいながら三斗小屋温泉があるように感じた。次回は大黒屋にも泊まってみたい。
4月29日
9時チェックアウトのため、6時起床→朝風呂→朝食→朝風呂からの8時45分まで二度寝。これ以上にダラけた山の生活も無いだろう。1日の終わりに風呂に入ると疲れが癒されるが、出発前に風呂に入ってしまうと妙に体が重くなってしまうのを感じながら荷物をまとめて出発する。
ショウジョウバカマ Heloniopsis orientalis 猩々袴
バイカオウレン Coptis quinquefolia 梅花黄蓮
3つの沢を渡渉してから最後の沢で水を汲み、重くなったザックを背に少しバテ気味になりながら下野と会津を結ぶ大峠までの道を登った。大峠には旅人を見守るようにお地蔵様が鎮座しており、誰がかけたのか可愛い帽子とマフラーを身にまとっていた。
ここからは展望の良い稜線歩きが続き、三本槍岳、須立山といったピークを踏みながら縦走を楽しめる。
元々はのんびりと稜線歩きを楽しむはずだったが、三本槍岳に妻がサングラスを置き忘れ、探すために往復1時間歩いたり(結局見つからず)、最後避難小屋までの道が雪に埋もれており、雪庇が張り出した斜面のトラバースを強いられたり、結局なかなかタフな1日になった。
18時頃にやっとの思いで小屋に辿り着くと、既に地元の西郷山岳会の方々が酒盛りを始めていたので、急いで麻婆茄子とサラダを作り、お米を炊いて夕食にした。
そして夕食後、酒盛りの輪に入れていただき、ホットウイスキーや梅酒をいただいた。ご一緒に過ごさせてもらった夜はとても楽しかった。
西郷山岳会の「西郷」とは「さいごう」ではなく、福島県西郷(にしごう)村のことである。西郷村は「村」とは言いつつも東北自動車道の白河IC、東北新幹線の新白河駅が立地し、交通は至極便利な位置にある。一帯は、昔「都をば 霞とともに 発ちしかど 秋風ぞ吹く 白河の関」なんて詠まれたように都から遠く離れた一種の「辺境」であったわけだが現在ではその面影はあまりない。話を聞いていると「村」といっても所謂山村のイメージではなく、中通りの方は都市化が進んでいるようだ。ただ、内陸側は旭岳や甲子山をはじめ綺麗な山々を有し、自然の豊かな美しい村でもある。
就寝前、トイレのために外に出ると、満月が残雪に反射してとても明るかった。そしてそのそばには木星が一際明るい光を放っていた。
- 4月30日
宿泊した坊主沼避難小屋。現在の小屋は三代目だそうで、地元の人達の陳情を受けて10年前くらいに完成した立派な小屋である。昔の小屋は沼の畔ににあり中が雑然とした小屋だったそうだが現在の小屋は少し高台に位置しており、内部はピカピカである。小屋は気密性が高く最大で約20人ほどが寝泊まりできるスペースがあり、地元の山岳会が布団を小屋まで担いで上がってくれているので非常に快適な滞在が可能である。東北にはこういう地元の人に愛される避難小屋が多くてとても素敵だ。
小屋の裏手は沼を挟んで旭岳の急斜面である。旭岳は三本槍岳から連なる稜線の中でひときわ高く、富士山のように左右に羽を広げる山容が山麓の白河の街からもよく目立つ。地元の人は、那須連山の「朝日岳」と区別してか、「甲子旭岳」と呼んでおり、特別な愛着を持っているようだ。山頂に通じる登山道はないが、地元の西郷山岳会は残雪期の雪を利用して山頂をアタックしに来ており、僕達が偶然避難小屋で夜をご一緒させていただくことになった。そして、初めての訪問であったにも関わらずこの山域に妙に愛着を持つことができた。お世話になった皆様に別れを告げて出発した。
避難小屋から旭岳の山腹を横切って甲子山との鞍部に出る道は、雪に埋もれて少しわかりにくかった。一度行きすぎて急斜面に出てしまい、少し戻ってから正規のルートに復帰した。少し苦労して着いた甲子山からの展望は見事で、自分達が迷い込んだ斜面や、三本槍岳~旭岳の稜線が一望のもと。
甲子山から甲子温泉に向けて標高を下げると木々が芽吹き始める。所々に山桜や山ツツジの小さい花が咲いていて綺麗だった。
そして甲子温泉大黒屋に着いた頃には新緑が最盛期であった。日帰り入浴をして汚れた体を洗い流す。
さて入浴後、ここから白河駅に出るためには、阿武隈川源流に沿った道を4キロほど、今は休業中の「高原ホテル」なるホテル前のバス停まで歩かなければならない。川沿いの道ではあるが、断崖を越えるためにアップダウンを何度か越えるためなかなか苦痛な道である。周囲の美しい新緑や山腹の桜の花に癒されながら何とか我慢して歩いた。
そして終点まで誰も乗らないバスに乗って白河駅に着いた。
電車に乗る前には駅の近くで白河ラーメン(チャーシュー麺の大盛り!)を食べ、帰途についた。
- 作者: 昭文社地図編集部
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