休学中の記録

【回想】下関から青島、天津、そして北京へ

以下は2015年の日記に追記したもの。

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2015年春、大学4年を前にして休学して北京へ語学留学した。当時、学業も人間関係も色んなことがうまくいっておらず、日本にある全てを捨てる覚悟でバックパック一つで下関港から青島までの航路「オリエントフェリー」に乗り込んだ。関門海峡を出た船は夕陽を真正面に受けながら西へ西へ進んだ。

始めて中国に行った時も船で、2012年の夏、大阪港から上海まで「蘇州号」で48時間だった。船内では世界一周建築の旅に出かける学生や、上海に拠点を置く自由記者、日・中を渡り歩く商売人、留学生などたくさんの出会いがあり、たくさんの人と一緒に卓球を打ち、語り合った時間はとても濃密だった。3日目の朝に長江に入り、工業地帯を縫って黄色く濁った大河を遡るとやがて東方明珠塔と外灘のファサードに迎えられる到着シーンは感動的ですらあった。その時の旅が忘れられず、2015年も船で中国に行くことにしたのだった。

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上海入港シーン。東方明珠塔が見えてきた

けれども、下関から乗ったオリエントフェリーにはあまり活気が無かった。また、自分の心情としてもその時はあまり積極的な人との交流を欲していなかったので、余計に静かさを感じる船旅になってしまった。2日目の昼、ようやく船の甲板から中国大陸の陸地が見えた。無秩序なビルが経つ海岸の風景に落ち着かず、音楽を聴きながら甲板をせわしなく歩き回った。船は午後4時頃、ゆっくりと青島の港に入港した。

さて、青島からは北京に列車で移動しなければならない。北京に留学するのになぜわざわざ船と列車という面倒臭い方法をとるのかと訝しむ人も多いと思うが、上にも書いた通り思い出に引っ張られたのと、また陸路での移動に至上の価値を見出していた当時の私にとって、飛行機という選択肢はそもそも眼中になかった。今から考えると阿呆らしいが、オリエントフェリーは2021年現在運航されていないので、今では乗ろうと思っても乗れないのだし、当時の選択肢は結果的には間違っていなかったのかもしれない。

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今は無きオリエントフェリーの航路図。関門海峡を抜け、対馬済州島の沖合を航行して山東半島を目指す。

それはさておき青島から北京への移動だが、直通列車は高速鉄道(CRH)しかなかった。だが青島夕方発だと北京まで約5時間弱、深夜に着いてしまい、車中泊ができないのが問題だった。別途宿泊場所を探さないとないのは面倒臭いし、値段も高い。そこで、夜行快速列車で青島から天津まで行き、天津で列車を乗り換えて北京南駅に早朝着という計画を立てた。北京に早朝着なので大学の手続きのための時間はたっぷり取れるし、入寮手続きもできるはずだ。その上列車旅の醍醐味を味わえる。

ただ、着いてから無事に切符が買えるかということと、青島発の列車に間に合うかという問題があった。天津行きの夜行列車は18時40分に青島北駅発だ。フェリーは青島港に16時着なので2時間半の余裕があるが、入国手続きの時間を見ておく必要がある。それに、夜行列車が出発する青島北駅は市中心から異様に離れたところに建設された新駅で、交通アクセスも未だ整っていない。どうやって行くのかは着いてから現地の人に聞くしかない。おたおたしていると乗り遅れる。
 
 
...まぁでも何とかなるやろ、というのが当時の僕の楽天主義だった。いや、冷静に考えると自暴自棄になっていたのかもしれないが、当時の僕にはワンゲル部で培った変な痩せ我慢精神がまだ残っていた。
 

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しかし現実は甘くない。まず港に着いてから下船までの時間が長く、入国手続きなど色々終えたのは16時半を回っていた。小走りで港を出て、フェリーターミナル出口でたむろっていたお姉さん達に青島北駅までの行き方を尋ねてみるが、やはりわからないらしい。それなら公安に聞けば間違いないだろうと思ってターミナルを出る。すると出口で待機していた男に声をかけられる。
 
「どこに行くの?」
 「青島北駅!」
青島北駅?それなら100元で連れてくよ」
 
...高いので断ることにする。辺りを歩くが公安は遠いし、これ以上聞けそうな人がいない。目の前の道はバイクと車がひっきりなしに行き交い、そのスピードと鳴り響くクラクションの音は、僕の不安感を増幅させた。時刻は16時45分。時間が迫っている。仕方がないので、交通ハブの青島駅まで行ってから作戦を練ることにした。ちょうど青島駅行きのバスを見つけたので飛び乗った。

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青島駅の駅舎 <https://commons.wikimedia.org/wiki/File:%E9%9D%92%E5%B3%B6%E9%A7%85.jpg>, via Wikimedia Commons

駅には17時前に着いて、値段はたったの1元。駅前に降り立って、間髪入れずバスの系統を調べるために露店で市街地図を探す。おばちゃんに定価10元と書かれた地図を渡されるが、僕の経験上高い気がしたので渋っていると5元になった。次いで青島北駅へ行くバスを尋ねると325路に乗れば良いと教えてくれた。しかし同時に、列車出発まで1時間半しかないならバスでは絶対間に合わないとも忠告される。

 
どうせ今日は間に合わないからここのホテルに泊まっていきな。きれい快適80元、安いよ。」
「....」
 
笑顔で断りダメ元で325路のバスを探す。が、やっとの思いで見つけたバス停の看板で325路の停車先を見ても青島北駅の文字が見つからない。うーんどうなっているんだ......。いよいよ詰んだか...と思い始めた時に一人の青年に声をかけられる。
 
「どこに行くんだ?え?青島北駅?」
 「325路のバスに乗ると良いって聞いたんだけど...」
「列車は何時?1時間半後?タクシーじゃないと絶対に間に合わないよ!」
 「いやタクシーは高いから、、、さっき聞いたタクシーには100元って言われたし」
「俺なら安くできるよ!」
 「いくらになる?」
「50元!」
 
来た。50元なら許容できる。
喜びを隠して交渉を続ける。
 
 「うーん、40元ならどう?」
「いーや、無理だ!ほら、時間がない!早く俺についてこい!早く!」
 
足早に車へ誘導される。覚悟を決める。いかにも東北人といった感じの直接的な爽快な語り口は嫌いではない。
 
タクシーには既に1人乗客がいた。
 「2人ですか?彼も青島北駅に行くんですよね?」
「そうそう」
 
そうか、あと一人の乗客を探していたのなら、向こうにとっても渡りに船だったわけか。ま、それにしてもバタバタしたがとりあえず何とかなりそうだなぁ...と思って乗り込むと車が思ったよりもボロい。しかしこの際ツベコベ言っても仕方ない。車は発進からガタガタしているが、慣れればまぁ問題ないだろう。
 
...それにしてもこの運ちゃんは運転がうまかった。ギアチェンジを繰り返しながら絶妙なハンドルワークで四方八方から押し寄せる車の間をすり抜け、渋滞の中で生まれた隙間を見つけては、クラクョンを鳴らしながら割り込み倒す。やがて渋滞を抜けて4車線道路に出ると時速100キロを超えるスピードで3車線変更を繰り返し。さっきまで前を走っていた車があっという間に遥か後ろへと消えていく。
 
時速100キロを越えると聞いて侮ってはいけない。最新鋭の滑らかに走る車であれば何とも感じないだろうが、ボロ車に乗っている身にしてみると体感速度というか、下手するとタイヤがすっ飛んで車が空中分解するんじゃないのかというスリル感すらある。追い打ちをかけるようにここで携帯電話が鳴るも、運ちゃんはそれを受けつつハンドルとマニュアルレバーを華麗に片手で操作しながら追い越しを続ける。
 
途中で僕はシートベルトをしていなかったことに気づいたが、今更してもなぁと思ったので、この見知らぬ運ちゃんの痛快な運転に自分の全生命が預けられている快感に浸ることにした。真新しい高架道路をぶっ飛ばす車。地平線に沈むオレンジ色の夕日。アドレナリン全開の頭の中に L'Arc-en-CielのDriver's highが流れる。
 

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1時間弱で青島北駅に着いた。よくもまぁこんな辺鄙な場所に巨大な駅を作ってくれたものだと思うが、車を出ると夕焼けが綺麗で、心なしか市中心より空気が清々しいので得した気分だ。
 
さて、駅に入って切符売り場で「天津、快速列車、硬臥」を連呼するが硬臥は売り切れ。仕方ないので硬座98元。横になれないのは辛いが、目の前にテーブルのある側の席を確保できれば、まだしのげるのは経験上知っている。それにしても中国の駅についていつも思うことだが、どう考えてもこんなに天井を高くする必要はないだろう。
 
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ほどなく乗車が始まり、席を無事確保する。重い荷物を持って歩いたので疲れた。乗車後少し乗客と会話を交わし、弁当を食べ、すぐに寝た。列車は途中駅で何度もCRHに追い越されたり、時間調整のため停車したりしているようだった。そして朝5時頃に天津に着いた。天津では駅前の小吃街で包子と小米粥の朝食を摂り、切符売り場で北京行きの切符を入手。例に漏れず巨大な待合室で仮眠を取ってから、CRHに乗車する。...滑るように静かに走る列車と綺麗な車内。快速列車の硬座とは大違いな快適さで、一気に眠りに落ちた。しかし疲れを取る暇もなく30分強で北京南駅に着いた。
 
 

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北京に着くとガイドブックを手に早速街に出た。憧れの北京の街。春爛漫、というには早いが微かに春の匂いを感じる日だった。ここから新生活が始まった。中国にいてLINEもFacebookもつながらないことを良いことに、色んな雑音をシャットアウトして新しい生活を始めた。

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